ティーンエイジャーだった頃からずっと
岩田祐未子


ハートランドから手紙が届いた。8年ぶりだ。

この数年間、思うところあって、私は自分の中で佐野元春を封印していた。
彼のCDも聴かず、ライヴに足を運ぶのをやめた。
期せずして、雑誌やTVで彼の姿を見かけると、
あの曲やこの曲を聴きたくてたまらなくなったけれど、
かたくなに封印を解こうとはしなかった。
その間、世の中では様々な事件が起こった。
私の小さな世界も激変した。
仕事が変わり、住む場所が変わり、名前も変わった。
2度と会えなくなった人たちがいて、かけがえのない再会があった。

そして、今年の2月。
私は吉祥寺のCDショップで1枚のアルバムを手に取る。
『ヴィジターズ 20thアニヴァーサリー・エディション』。
日本のポップス・ロック史におけるマイルストーンであり、
個人的にも佐野元春のアルバムの中で一番好きな1枚だ。
迷わずにレジに向かった。
帰宅して、すぐデスクのCDラジカセの電源を入れた。
20年前の自分が感じた以上の衝撃を受けた。
何をためらっていたのか。
いつだって、求めていたものは、ここにあったのに。

時間と仕事に追われる暮らしの中で、
「人生のサウンドトラックは、そうそう変わるものではない」
ということを私は知った。
あえてラックからCDを引っ張り出してこなくても、心の片隅で曲は鳴り続けている。
毎年、聖夜には、教会の帰りにそっと口笛を吹いた。
旅先に水族館があると、必ずナポレオンフィッシュに会いに行く。
晴れた日に水上バスに乗るのは、たとえようもなく気持ちがいい。

『ヴィジターズ』との再会から半年も経たないうちに、
ハートランドから8年ぶりの手紙が届いたのは、ただの偶然ではなかったのかもしれない。
数ヶ月前、私は縁あって以前在籍していた会社に出戻ったばかりで、
今回の手紙はさして回り道もせず、手元に届いたのだった。
緊張と照れくささが入り混じった気持ちで封を切る。
そこにいたのは、よく見慣れた彼の姿だった。
彼は「やあ」と片手を上げて笑っているように思えた。

柔らかな月明かりで幕を開けるオーバーチュア。
真夜中に響くサキソフォン。
言葉が、ビートが、星屑みたいに降ってくる。
「もう大丈夫、心配しないで」と語りかける声。
彼の声には、いつだって魔法が宿っている。
大丈夫、明日になれば、また歩き出せる。
どんなに暗い夜も、彼の歌を聴けば、そう思える。
ティーンエイジャーだった頃から、ずっと。

さっそく返事を書かなくちゃ。
ああ、何から伝えたらいいんだろう。
親愛なるMoto Lion様。
やっと帰ってきました。懐かしくて新しい場所へ。
それから……それから?

Rock'n' Rollがカウンターカルチャーの代名詞だった頃、
アングリー・ユースたちは言った。
“Don't trust over 30. ”
ふと気づけば、信用されない年齢を軽く超えても、
かたわらにロックがある生活は変わらない。
我らがMoto Lionも御年48歳。
彼を信じられないのなら、誰を信用しろっていうんだい?

このアルバムは、今のティーンエイジャーたちにこそ届いてほしい。
かつての私たちがそうだったように、
きっと彼/彼女たちの魂は
「本当の真実」を探して、さまよっているはずだから。

泣きそうな夜も、冴えない朝も、
ありふれた毎日を、愛すべき毎日を、歩いて行こう。
月とともに、太陽とともに。

空を見上げれば、私たちの道しるべは、今日も輝いている。


岩田祐未子(翻訳家/タワーレコード役員室秘書)