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BORDER - Tribute to Motoharu Sano - に寄せて
REVIEW: 今井智子

 佐野元春の曲を、若いアーティストたちが演奏する。その話を聞いただけで私はワクワクした。

 彼は80年代以降の日本のポップス/ロックに改革を起こした重要なアーティストのひとりなのだから、若い世代に影響を与えていないわけがない。だからと言って、このトリビュート盤に参加した10組のアーティストたち全員が直接、佐野元春の影響で楽器を手に取り始めたとは思わないけれども、佐野元春が15年のキャリアを経て培って来たものを振り返ると、アーティストのアティテユードの指針として、または何らかの目標として佐野があるのは確かだろう。

 むしろ、そうした面での足跡が、この作品と考えたい。収録されたものを聴くと、若い人たちの耳に、そして感性に、佐野元春の曲がどのように届いているのか、具体的に知ることが出来る。

 選曲とアレンジは、100%それぞれのアーティストに任されたそうで、全くカラーの違う10組が、自分たちと、佐野元春は何が繁がっていて何が違うのか、みんな全力で個性とアイディアと腕を競っている。それがカヴァーものの面白さだ。

 カヴァーものは、オリジナルのよさを味わい、それを別のアーティストがどう解釈するかを楽しみ、そのアーティストの、あるいはオリジナルの新たな魅力を発見できたりする。何よりも、オリジナルとカヴァーしたアーティストの間にある繋がりが、嬉しい。分断されていたかに見えた世代が、ここで再び繋ぎ合わされている。ソロ・アーティストとして新たな一歩を踏み出した佐野元春と、それまでの彼を見て来た若く可能性を持ったアーティストの間に、約束の橋が架けられたのだ。

 それぞれが独立した活動をしているアーティストたちが、所属レーベルを越えて一同に会しCDを制作するというのは簡単なことではない。これまでもレーベルを越えアーティストが集まる企画がなかったわけではないが、実現には並みならぬ苦労があったようだ。海外でも、そうしたトリビュートものなどはインディー・レーベルから出されることが多いのは、メジャー・レーベルよりも契約などの面でゆるやかに制作できるからだろう。商業的な契約は権利を守ってくれるが、同時に義務も発生するものなのだから仕方ない。そうしたビジネスライクな“BORDER”を越え、また世代という“BORDER”も越えて、佐野元春の曲を演奏するために10組が足並みを揃えて集まったこの企画は、快挙と言うべきだ。

 オリンピックのために所属チームを越えて集まった、バスケット・ボールのドリーム・チームのように、彼等は共通の目的を持って集まり、今みごとにシュートを決めた。何よりも大切なのは、それを実現させたのが、発案者の佐藤奈々子の熱意であり、佐野元春の魅力であり、参加した10組が彼等に抱く敬愛の念であることだろう。そうした情熱が、ものごとを進めて行く上で一番の推進力になる。誰がどんなふうに続けるのかはわからないが、何かが繁がって行く予感がする。

 これに携わったすべての人たちに、愛と尊敬を。



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