ハル・ウィルナーの名前を、私たちは80年代に入って間もなく詩集の中にではなく、CDのスタッフ・クレジットに見つけた。ニーノ・ロータの作曲したフェリーニの映画音楽を、カーラ・ブレイやジャッキー・バイヤードといったジャズ・ミュージシャンたちに演じさせた『アマルコルド』を筆頭に、以降、彼のプロデュースする作品、特にトリビュート・アルバムはその斬新さゆえに常に驚ききをもって迎えられてきた。しかし彼の作品リストに、ギンズバーグやバロウズのタイトルが含まれていることはあまり知られていない。果たして文学的な視点からではなく、音楽的な視点からポエトリー・リーディングに耳を傾けたとき、どのような視界が開けるのか。そんな疑問を胸に、背を傾げながらゆっくりと中庭を横切ってゆく彼の姿を追った。

タイトル:ハル・ウィルナー
インタビュー:佐野元春
掲載号:THIS 1994 Vol.1 No.0






――あなたがプロデュースしたアレン・ギンズバーグのCDについて教えて下さい。

ハル・ウィルナー(以下HW) このアルバムは四六年から九二年までの彼のポエトリー・リーディングを集めたCD四枚組セットで、この夏にリリースされる予定です。89年の『ザ・ライオン・フォー・ザ・リアル』は彼のリーディングと現代作曲家のラニー・ピケット、ビル・フォゼルといった10人の作品を収めたものでしたが、今回のアルバムは完全にアンソロジーとして立ち、40年前のレアなテープから昨年のセントマークス・ポエトリー・プエジェクトでの作品までが盛り込まれています。さらに初めて「吠える」をリーディングしたときの模様や、ボブ・ディランやエルトン・ジョン、クラッシュなどの作品も入っていて、十二分に納得のいくものに仕上がりました。

――ビートジェネレーションを初めて意識しはたのはいつ頃ですか。

HW 正直なところ、二年前にこの話を持ちかけられるまでは特に興味はありませんでした。ただこのように馴染みの薄い分野から声をかけてもらい、一緒に仕事をしていく中でその魅力を発見していくというのはプロデューサーの仕事ではよくあることですし、またそれが楽しみでもあるわけです。

――あなたはこれまで6枚のトリビュート・アルバムを手がけていますが、その最初のコンセプトはどういうものだったのでしょうか。

HW そもそもハリー・ニルソンやスティーヴ・レイシーズ、ジェームス・テイラーと一緒に仕事をし、それぞれの個性にあわせてサウンドをオリジナルなものへと変えていく作業が目的だったのです。60年代後半から70年代初期に作られたレコードや、当時のフリーフォームのラジオではよく行われていたことですが、音楽がそんな自由さからどんどん離れていくように感じたのがそのきっかけですね。ですから作曲家に対するトリビュートがいうのは、あくまでもその仕かけに過ぎません。84年の『セロニアス・モンクに捧ぐ』だけは唯一例外的にトリビュートが先に来たアルバムですが、それ以外は大勢のミュージシャンと一緒に仕事をする機会を探していたのです。当時、つまり70年代の終わり頃、私はアシスタント・プロデューサーとしていろいろな作業に係わって仕事をしていましたが、時代はパンクやディスコが流行るというちょっと変な時期でもありました。自分はそうしたものに興味がなかったので、独自のコンセプトを打ち出してフェリーニの映画音楽を手がけていたニーノ・ロータの作品をアレンジしたわけです。ジャッキー・バード、カルロ・ブレー、デイビッド・アムラムなどが演奏してくれましたが、ニーノ・ロータに関してはもう一度やってみようと思っています。その他に今、エディット・ピアフでも企画を考えています。

――例えば現在進行形のポップミュージックに対して、今でも関心はありますか。

HW 形態としてはあるけれど、現在起こっていることそのものには特にありません。ただときどき不思議に思うのが、今のアメリカの若者たちは私が思う以上にこれまでのポップミュージックの流れや歴史に関心がないということです。その原因のひとつが次から次へと新しい映像を送り出しているMTVにあることは確かですが、同時に企業やスポンサーにも問題はあると思いますね。私の考えでは、音楽の世界はこの10年で最も刺激的な局面を迎え、新しい才能が数多く出てきているというのに、テレビやフィルムに携わっている人間は単に若い世代を相手に商売しているだけで、せっかくの状況を台無しにしているように思えて仕方ありません。

――アートフォームとして考えたとき、ラップについてはどうお考えになりますか。

HW ラップは何も今にはじまった特別なものではなく常に存在してきたものです。例えばアレンのテープなどを聞くとラップと呼べそうなものが沢山ありますし、実際には私が16歳の頃にはすでにラップの基礎を築いた優れたアーティストたちが出ていました。むしろラップが売れるようになった今、誰もかれもが取り立ててオリジナリティの感じられないような作品を出すようになっています。またビデオなどの影響で流行の速度がますます加速し、無数のレーベルから大量のレコードが送り出される中で、聞き手の側に何かはっきりした手応えを感じ取るだけの時間がなくなってきている。二枚のレコードを出してはアーティストが次々に消えてゆき、あるいはアルバム一枚出すだけですべての雑誌のカヴァーを飾るような、そんな状況には私が懐疑的にすぎるのかもしれませんが、ちょっと混乱させられます。そんな状況だけに、今こそじっくりと音の本質、音そのものの響きに耳を傾けることが必要なのです。


ザ・ライオン・フォー・ザ・リアル
1989年にアイランド・レーベルからリリースされたアレン・ギンズバーグのリーディング・アルバム。「それまでに作ったブルース・アルバムを、ナロパ・インスティテュートで詩作を教えていたマリアンヌ・フェイスフルに渡したところ、翌日それを返す段になって彼女はこういったんだ。あなた、たぶん、歌わないほうがいいわね、と」。その言葉に敢然と立ち向かうように録音されたのがここに収められた16篇。バックミュージシャンにはアート・リンゼイ、マーク・リボー、G.E.スミス、ロブ・ワッサーマンらがクレジットされている。

今回のアルバム
文中でも触れているように、この夏にライノが主宰するスポークン・ワード・レーベル<ワード・ビート>からCD4枚組セット『Holy Soul Jelly Roll』がリリースされる。発売に先立って全米のラジオ局にプロモーショナルCDが配布されたが、そこには「Pull My Daisy」をはじめとして「The Green Automobile」「Capitol Air」など全6曲が収められ、1曲1曲にハル・ウィルナーの解説が付けられている。なお同シリーズには90年にリリースされたCD3枚組セット『ザ・ジャック・ケルアック・コレクション』他がある。

トリビュート・アルバム
これまでにリリースされたトリビュート・アルバムとしては先述の『Amarcordo』(Hannibal/81)『セロニアス・モンクに捧ぐ』(A&M/84)『星空に迷い込んだ男〜クルト・ワイルの世界』(A&M/85)『眠らないで〜ウォルト・ディズニーの世界』(A&M/88)『The Carl Stalling Project/Music from Warner Bros. Cartoons 1936-1958』(Warner Bro./90)『メディテーションズ・オン・ミンガス〜ナイトメア』(Sony/92)がある。その他、単独アーティストのプロデュースとしては『マリアンヌ・フェイスフル/ストレンジ・ウェザー』(Island/87)『同/ブレイジング・アウェイ』(Island/90)や『William S. Burroughs/Dead City Radio』(Island/90)などがある。なお現在は<ワード・ビート>からリリース予定のテリー・サザンやキャシー・アッカーのリーディング・アルバムや、レニー・ブルースのボックス・セットのプロデュースが進行中。


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