50年代初頭、サンフランシスコで書店兼出版社を創設し、検閲問題で揺れたギンズバーグの『吠える』をはじめ、たくさんの詩人の作品集や小説を出版してきたローレンス・ファリンゲッティ。人は彼のことを「ビート世代のパトロン」と呼ぶ。自らも『わが心のコニーアイランド』など優れた作品を持つ、その彼の書店〈シティ・ライツ〉には、40年近くたった現在も“聖地”として、ビートに憧れる多くの若者たちが訪れている。

タイトル:ローレンス・ファリンゲッティ
インタビュー:佐野元春
掲載号:This Vol.1 No.1 '95



――現在でも新しい詩人を発掘しているのですか?

ローレンス・ファリンゲッティ(以下LF)ええ、やっています。私たちはビートの“ギャング”たちを完全に出版しきっていません。これまでビートの文学を手掛けたいくつかの小さな個別の出版社がありましが、全体をカバーできたわけではありません。

――このナロパ以外でも、本当にビートのリヴァイバルは起きているのですか?

LF 実際のところはナロパだけでしょう。けれども3週間前にニューヨーク大学でビートに関する会議が行なわれました。一週間まるまるです。その一環でワシントン広場にあるギャラリーでビートのアート展が開かれたんですが、その量には驚きました。たとえばグレゴリー・コルソの絵画…彼が他の方向に集中しなければ、きっと偉大な画家になっていたことでしょう。ギンズバーグの写真もそうですが…たいした展覧会でした。こうして所々でビートのリヴァイバル運動は見られるようになってきてます。

――現在のアメリカのメイン・ストリームで、ビートの影響は感じられますか?

LF あと20年でビート的思想の100年を迎えます。ライフ誌が50年代に最初のビート・リベリオンについて書いた時、そのサブ・タイトルは“世の中の唯一の反逆”でした。これは現在でもまだ有効です。他に誰が抵抗を示してます?

――ラップはそのひとつではありませんか?

LF けれどもグループとしてまとまったものではありません。ラップはどこにでもころがっています。しかしビートはギンズバーグなしではありえなかったという意味で、確立しているのです。彼がビートの観念を思想にまとめあげたのです。また彼は、無名でまだ認められてなかった数々の友人たちの作品を出すように、出版社に圧力をかけ続けました。このような形で、アメリカの詩人に偉大な貢献をしたんです。

――今回のような集まりで、一番意味のあることは何でしょうか?

LF 若いライターやアーティストたちにコミュニティの意義を与えることだと思います。コミュニティの意義は、現在のアメリカで失われてしまったものなのです。今や全国的なコミュニティはテレビで、アンカーマンが父親です。メディアはアメリカ企業によって雇われています。たとえばジェネラル・エレクトリック社は国内でテレビ局を所有していますが、彼らはフィラデルフィアの郊外に原子力発電所を持っています。これは議会の場で誰も口に出さない問題のひとつです。湾岸戦争の間は、ニュース報道はジェネラル・エレクトリックと政府の共同作業でした。血まみれのシーンは何もなく、まるでビデオゲームの遊技場のような戦争報道でした。これほど密接な企業と政府の共同作業は、ムッソリーニの時代にはファシズムと呼ばれたものです。テレビの裏の管から送られてくる声が、どれほど人々の意識に影響を与えているか、知っておく必要があります。

――あなた方はこの文化に、何を貢献したと思いますか?

LF オープンであることと慈悲の心です。大きく開かれた詩―50年代のアレンの「吠える」以前は、アメリカの詩は閉じていて、学術的であり、隠者的な言語、詩のための詩だったのです。それらは今もいくつかありますが…ビートはその側面を吹き飛ばしました。

――ビート世代とヒッピー世代のメッセージの違いは何なのでしょう。

LF ビートは石器時代のヒッピーです。彼らは60年代のカウンター・カルチャーにおいて主だったテーマについて表現しました。たとえば最初のエコロジカル・コンシャスは50年代、ゲーリー・テイラーのような詩人から発言されました。これは東洋の宗教から始まり、60年代はビートルズのように一般的な行動になったのです。そして反戦の主張、暴力反対、意識の拡大のためにサイケデリックを使うこと…これらはすべてビートの中に存在していました。けれど、作家や詩人たちはかなり異なっています。たとえばバロウズの美学はケルアックや私のと全く違います。だから大きな連帯は、政治的な部分でした。常に反政府的で、一般的にはアナキストが基本であり、反戦の姿勢を貫いています。

――ビートの文学が若者たちに人気が高いことの理由は何だと思いますか?

LF こっちが教えて欲しいくらいです(笑)。

――たぶんアイゼンハワーの時代に対する反抗が、レーガン〜ブッシュの時代に繰り返されたことが原因ではないでしょうか。1957年に起きた状況と似ている、と…。

LF 私もそう思います。そういう意見が聞けてうれしいです。メディアが大衆をコントロールすることは、50年代よりも現代の方が巨大であり、大きな範囲に渡っていることはさっきも述べましたが、我々の政府は右翼が二つある鳥のようなものです。共和党も民主党も、企業の資本主義を世界に永久的に広めることを目標としています。アメリカ企業が力を持っている限り、何も変わりませんよ。クリントンを見てください。彼はやる気にあふれて始めたのに、彼がどこまでやっていいのか、たとえば健康保険の問題について、企業が教え込んだのです。大統領だってある程度までしかやれないという意味では、アイゼンハワーの時より現代に方が悪くなってます。どこからか救いの光りを待っているのですが…。

――サンフランシスコのポエトリー・シーンについて教えてもらいたいのですが。

LF ランゲージ・ポエットと呼ばれるものがたくさん出回っています。未だにアカデミックじゃない、ストリート・ポエトリーが中心ですが、ユーモアな視点に欠けていると思います。政治的に過激であるという点でしばらくはやっていけるかもしれませんが、私にしてみれば、彼らは左ではなく右寄りだと思います。特に若い世代のライターたちは、PC(Politically Corrent)について多く語っていますが、しかしそれは没頭するものがあっても、何かに自分を遂行させないものです。はみ出た真似は決してしないでしょう。


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