No Regrets, Coyote.
今井智子

 「コヨーテと呼ばれる男の視点で切り取ったロード・ムーヴイーのサウンドトラック」という佐野元春自身のテクストから、ジョニ・ミッチェルの曲を連想したけれど、作品を聴いてコヨーテとは彼自身であり、この作品に参加した全ての人たちではないかと思えた。

 先触れとなったのは、アルバムに先行してiTunes Music Storeで公開された「世界は誰のために」だ。新しいバンドのメンバーと、以前から知り合いである年下の仲間達を迎えたこの新曲は、3年ぶりのオリジナル作品である事を忘れさせる、軽やかな熱気がある。

 この曲で興味深いのは、藤井一彦 (The Groovers)、山口洋 (Heat wave)、深沼元昭 (Mellowhead) の3人がコーラスで参加していることだ。それぞれロックンロールに取り憑かれたバンドの一員であると同時に、多くのセッションやプロデュースを経験してきた。また自らのインディペンデント・レーベルから作品をリリースしているが、藤井と山口は先行予約を取ってからアルバムを制作する、というユニークな方法が話題にもなった。佐野も含め4人とも、まさに荒野に生きるコヨーテのように、自らの信念を曲げることなく、過酷な音楽の世界を独力で進んできた。新しいバンドのベーシスト高桑圭 (Great3)、ドラムス小松シゲル (Nona Reeves) も、同じようにタフな連中だ。世代は少しずつ違うけれども、経験と志を同じくする面々に、佐野は声をかけたのではなかろうか。

 こうした顔ぶれでのレコーディングは、楽しいものだったに違いない。新作のための特設サイトで聴ける「Radio Coyte」で佐野は、共演者たちがグッとくると思える歌詞を書いたと言っている。目の前にいる人が反応してくれるのは、クリエイターにとって最も基本的な喜びであることは言うまでもない。どの曲からも、そんな息遣いが伝わってくるようだ。

 幕開けの「星の下 路の上 -Boys Life」はシングルの熱気を受け継いで、シャープなギターが空気を切り裂き、ザクザクとしたビートが道筋を付けて行く。これがロックンロール! と言わんばかりのテンションは、今回の顔ぶれならではのものだろう。2番目の先行シングルとなった「君が気高い孤独なら -Sweet Soul Blue Beat」には音楽の快感が歌い込まれ、「ラジオ・デイズ -Radio Days」は重要な音楽情報ソースだったラジオ番組を思い出させる。音楽を愛する仲間を迎えてたことが、こんな曲を生んだののだろうか。

 また、一人であっても孤独ではないのだと、「呼吸 -On your side」や「Us」では歌っている。コヨーテは、基本的に群れることはないが、必要であれば徒党を組むそうだ。それは今回参加した面々の姿勢、ひいてはミュージシャンシップと通じるものがあるように思う。彼等の緩やかな連帯は、見ていて清々しく、少し羨ましい。

 荒れ地にも海にも、安住の地はないのかもしれないが、コヨーテは進み続けるのだろう。そんな足取りを、この作品を聴くたびに私は感じている。書き忘れていた。ジョニ・ミッチェルの曲の歌い出しは、こうだ。 ーー "No Regrets, Coyote."