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 11月16日 In motion 2003 | 増 幅
text: 志田歩 



 巨大な才能の生み出す作品は、その才能が大きければ大きいほど自ずと振り幅の大きさを伴う。多くの人にとって、佐野元春のイメージは、極めてポップなヒット曲に代表されるものだと思うが、僕にとって彼の存在が別格なのは、ポップであると同時に挑戦的、先鋭的な姿勢をも、鮮やかなバランスで両立させている点にある。その象徴的な例が、いわゆるポップ・ソングとは異なるスタンスで展開してきたスポークン・ワード・スタイルでの活動だ。

 思い起こせば80年代半ば。コンビニエンス・ストアの店内に流れる「リアルな現実 本気の現実」を耳にした時の衝撃は、いまだに忘れがたい。都市生活の在り方を大幅に更新したシンボルともいうべきコンビニの中で、テクノロジーを駆使した未来的なサウンドにのせて佐野元春が放つ<現実>という言葉は、現実自体のイメージが大きく変貌しはじめた時代の空気を、いちはやくポジティヴな方向へ牽引していこうという意欲を感じさせた。彼のスポークン・ワードは単純にアーティスト・エゴを動機とした実験のための実験や、手法の目新しさを自己目的化した表現ではない。僕の胸を打ったのは、何といっても加速し始めた時代の動きにスポイルされないための生活の知恵とでもいうべき温かみだった。

 そして21世紀の今。
 同時多発テロ以降、国際情勢はきな臭さを増し、経済はじり貧の日本。ゆっくりと沈みつつある船に乗り合わせてしまったかのように、イヤな予感に包まれ、状況に対応する決断を下す必要は、誰もが薄々感づいている。だが選挙の投票率は記録的な低さ。このまま目の前の現実を持て余してしまうしかないのだろうか、といった焦りにも似た空気が僕らを包んでいる。

 そんな中で佐野元春が行うスポークン・ワードの公演が、遊戯的なものになるわけがない。今回目撃したのは、11月16日、鎌倉芸術館小ホールで行われたステージだったが、これまで僕が知っている中でも最もシリアスな佐野元春がそこにはいた。
 だが勘違いしないで欲しい。シリアスなスポークン・ワードというと、重苦しい雰囲気を連想しがちかも知れないが、この日の演奏は、躍動感に満ちたものだった。立ち上がって踊り出す人こそいなかったものの、ビートに合わせて客席で熱狂的に体を揺らしていたのは、決して僕だけではない。

 こうしたパフォーマンスから、改めて強く感じたのは、スポークン・ワードにおけるビートの重要性だ。言葉の意味、言葉の響き、言葉のビート。それらはいずれもスポークン・ワードを構成する重要な要素だが、まずビートが放つ躍動感が、音楽のポジティヴな魅力として見逃せない要素なのだ。時には椅子に座り、時にはギターを弾きながら言葉を放つ佐野にしても、自分の胸をパーカッションのようにうちならす場面が何度もあった。普段のコンサートとはいささか表現の方法が違うとはいえ、このようにビートの躍動感を前に出したステージングは、本質的な部分で、間違いなくロックンローラーとしての佐野元春の表現と通じるものがある。

 とはいえ逆に通常のロック・コンサートとは確実に異なる部分ももちろん存在した。それを一言で言ってしまえば、ヴォーカルのメロディの制約が無いこと。その自由を謳歌する即興的なアンサンブルのスリルは、スポークン・ワードならではの醍醐味だ。ピアノとシンセサイザーを駆使して多彩な音色を繰り出す井上鑑をはじめ、山木秀夫、美久月千晴、金子飛鳥というこの公演の顔ぶれが、佐野と共に行ったリハーサルの時間は、わずか一日半という短いものだったようだが、その場その場の閃きに従って展開するソロやインタープレイの迫力は、こうした強者揃いならではといえるだろう。

 ちなみに今回のようなスポークン・ワード・スタイルの公演は、佐野自身にとっても、それほど多くのステージを行ってきたわけではない。それゆえにこうした公演を、彼の活動の中の番外編と思う方もいるだろう。だが僕が多くの人に知っておいていただきたいのは、こうした形の公演であっても、彼はあらかじめ完成されたものを単発的に繰り返し発信しているわけではなく、今まさにグングンと切れ味を増しているリアル・タイムのスリルと瑞々しさに満ちた表現を行っているということだ。

 この日のオープニングは「ポップチルドレン」。ファンならご存知の通り、最初は92年の『Sweet16』の収録曲として発表され、スポークン・ワード・スタイルへと進化を遂げたレパートリーである。
 そして2曲目の「ああ、どうしてラブソングは…」は、CD『In Motion 2001』のラストを飾る力作。<国家よ>という呼びかけは、同時多発テロ以降の陰鬱なムードを吹き飛ばそうとするインディビジュアリストの挑発だろうか。ただし彼の声は決して激昂しない。穏やかな低音の響きは、むしろ温もりに満ちており、それゆえに内面の葛藤が染み渡るようにして客席に伝わってくる。

 これらをはじめとして中盤までは、これまでに発表されたことのあるナンバーを中心に聞かせてくれたが、何とステージ全体のピークにあたるラストの3曲は、揃いも揃って新曲ばかり。クリエイティヴな勢いが無ければあり得ない大胆かつ瑞々しい構成である。現実にどれほどうんざりしようとも、目を逸らさずにいようという決意を綴った「世界劇場」は、この公演の最大のみどころ。演奏も言葉も鋭い切れ味で客席を圧倒する。
 そして「ポップチルドレン」のフレーズを引用した「何がおれたちを狂わせるのか?」でステージを締め括るという曲順は、コンセプチュアルであると同時に、“In Motion 2001”からの流れが、時代と共に深まってきていることを示している。

 このパフォーマンスの最後に告げられたフレーズは<狂っていくなんていやだな>だった。先に僕は、80年代に聞いた佐野のスポークン・ワードが、「加速し始めた時代の動きにスポイルされないための生活の知恵とでもいうべき温かみに満ちていた」と述べた。そして2003年の今、彼のスポークン・ワードは、例え僕らがうんざりするような現実に直面しても正気を保つために必要な生活の知恵へとその効力を高めているように感じられてならない。



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