ライブ・アンソロジー 映像解説
文・吉原聖洋
ガラスのジェネレーション
ピアノの鍵盤を叩きながらこの曲を歌う若き佐野元春の雄姿を観るだけでも充分に価値のある貴重な記録だ。20代前半の彼がどれほどの勢いで80年代初頭のミュージック・シーンを駆け抜けたのか。この映像を観るだけでも確実に伝わってくる。
ロックンロール・ナイト
初期の佐野元春の世界を象徴する屈指の名曲。誰もが自身の半生と重ね合わさざるを得ないリアルな手触わりの歌詞とドラマティックな構成は、まるでロック・オペラの一幕を観ているかのように、僕らを別の世界へと連れて行ってくれる。
ハートビート
元春クラシックスのひとつ。男の子たちは「小さなカサノバ」に、女の子たちは「街のナイチンゲール」にみずからを重ねた。痺れるほどロマンティックなバラッドでありながら、スポークンワーズにも通じる先鋭的なアートフォームをも有している稀有な一曲。
カム・シャイニング
「ビジターズ・ツアー」最終公演からの一曲。ダンサブルなファンク・ビートはいま聴いてもタイムラグを感じさせない。彼らがこのサウンドを1985年に奏でていた事実には当時を知っているファンでさえ改めて驚かされるだろう。
コンプリケイション・シェイクダウン
問題作『ビジターズ』のオープニングを飾る最大の問題作。1985年5月、品川プリンスアイスアリーナに集まった人びとは時代が変わる瞬間を目撃した、と言ってもいい。そんな時代の鳴動がここには記録されている。
99ブルース
変則的なセカンド・ライン・ビートに乗って歌われる「99ブルース」。熱帯夜の街を連想させるこの曲が始まると、いつもコンサート・ホールの温度が一気に上がる。都市の野性なんてものがあるとしたら、これほど正確にそれを描き出した曲は他にはないだろう。
ストレンジ・デイズ -奇妙な日々
個としての孤独を潔く引き受けながらも「突き抜けたい」と願うこの曲はリリース直後から佐野のライヴにおけるクライマックスを形成する大切なレパートリーのひとつとなった。ここでのザ・ハートランドと東京ビーバップの演奏も力強い。
ヤングブラッズ
1985年、初めてのトップ10シングルとなった。ダディ柴田のサックスと阿部吉剛のピアノをフィーチュアしたアレンジはこの時期のライヴではおなじみ。演奏の途中でギターを置いた佐野がマイクを差し出してファンに歌わせるシーンが印象に残る。
インディビジュアリスト
前のめりに走っているようなダンスや弓を引くロビン・フッドのポーズが印象的。速いスカ・ビートに乗ってステージを駆けまわる佐野はとても楽しそうだ。ミュージカルの一幕を演じているかのような佐野のパフォーマンスはすでに貫禄さえ感じさせる。
君をさがしている(朝が来るまで)
初期の佐野とザ・ハートランドのギグでは不動のオープニング・ナンバーだった曲。このライヴ映像のヴァージョンは、オリジナルに準じたアレンジでは完成形に近い。ザ・ハートランドの演奏も強力であり素晴らしい。
アンジェリーナ
1980年3月にリリースされたデビュー曲。1987年に横浜スタジアムで行なわれた「カフェ・ボヘミア・ミーティング」からのライヴ映像だ。デビューから7年でここに辿り着いた佐野は盟友ザ・ハートランドと共に誇らかに胸を張ってこの曲を歌っている。
ワイルド・ハーツ - 冒険者たち
この曲を知らない佐野元春ファンがいたらモグリだと疑われても仕方がない。ライヴでのレパートリーとしても欠くことのできない一曲。いまでも「ワイルド・ハーツ」のイントロを耳にしただけで心のテンションが上がる、というファンも少なくないだろう。
ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
現代詩とロックンロールの融合とも言われた意欲的な試みが生んだ名曲だ。スポークンワーズ仕様のヴォーカルもあり、当時の佐野が表現の最前線にいたことを改めて思い知らせてくれる。デビューから9年で辿り着いた前人未到の境地と言ってもいい。
愛のシステム
日本語で歌われたプロテスト・ソングとしては間違いなく最高の一曲。この「ナポレオンフィッシュ・ツアー」大阪公演でのザ・ハートランドのダイナミックな演奏は完璧に近いもので、ヴォーカリストとしての佐野のパフォーマンスも溜息が出るほど素晴らしい。
おれは最低
ブルージーな告白とパンキッシュな絶叫が繰り返されるアヴァンギャルドな作品。歌詞は恐ろしくシリアスだが、佐野ならではのシアトリカルなパフォーマンスがその深刻さを中和してくれる。ナタで乱暴にぶった切ったかのようなエンディングのカットアウトもカッコいい。
ブルーの見解
トーキング・ブルースの伝統に則って、スポークンワーズに近い表現で歌われるアイロニカルな歌詞。辛辣だが、決してネガティヴな印象を与えないのは佐野ならではのユーモアのセンスがあるから。パフォーマーとしての容量と力量を改めて見せつけた一曲だ。
愛することってむずかしい
ライヴで演奏されたことが極端に少ないこの曲の貴重なライヴ映像。小説『バトル・ロワイアル』の巻頭にタイトルが引用されたことでも知られている。ここまで投げっぱなしの表現をクールに叩きつけてみせる彼の曲も珍しい。
ボリビア –野性的で冴えてる連中
ニューオリンズのセカンド・ラインとブラジルのサンバを合成したような変則的なリズムを基調にしたもので、聴いているだけでトリップしそうだ。『ビジターズ』以降の佐野が試みてきた複合的なリズムの実験のひとつの成果とも言えるだろう。
クエスチョンズ
佐野がロックンロールの重要なテーマとして挙げる「成長するってこと」について書かれた歌詞もいい。とりわけ「僕はとても小さい/けれど革命する」の一節は印象的。畳み掛けるように速い展開は観客を惹きつけるし、蹴り上げたり跪いたりする佐野のアクションも楽しい。
ジャスミンガール
都会で暮らす一人の女性の日常生活を歌ったフォーク・ロック調の曲だが、掛け替えのない輝きがここにはある。オリジナル・ヴァージョンではカットされていた佐野のブルースハープも聴けるこのライヴ版はすでにクラシックスのひとつと言ってもいい。
ぼくは大人になった
かつて「つまらない大人にはなりたくない」と歌った佐野が「ぼくは大人になった」と歌うこの曲はファンの間でも話題になった。オリジナル版では多分に自嘲気味の印象を与えた曲だが、その後のライヴで再演されるたびに多様な表情を見せてくれる。
シェイム -君を汚したのは誰
僕らを痛めつけるものに対する怒りを表明した強烈なプロテスト・ソング。1985年の「ライヴエイド」では世界中に向けて発信された。このライヴ映像はシンプルでストレートな表現だからこそメッセージが鮮明に心に残る魅力的なヴァージョン。
ハートビート
「シー・ファー・マイルズ・ツアー・パートⅡ」横浜公演からのライヴ映像。ライヴ・バンドとしての実力が間違いなくピークにある時期の佐野とザ・ハートランドによる「ハートビート」が史上最高の出来になったとしても不思議ではない。
ニュー・エイジ
ライヴではおなじみの同曲のザ・ハートランド・ヴァージョン。「数えきれないイタミのキス」が「星くずみたいに降ってくる」という視覚的イメージと「心のスクラッチを抱いて/オマエを激しくノックする」という「佐野元春的」としか言いようのない一節が秀逸。
レインボー・イン・マイ・ソウル
ファンの間で愛されている曲のひとつ。“90年代の「サムデイ」”と言う人もいる。優れたポップ・ソングというひと言では片づけられない。それはこの曲が過去の元春クラシックスと繋がっているからかもしれない。
新しい航海
ライヴのセット・リストでは常に重要なポジションを占めてきた曲。これまで自分が生きてきた世界に別れを告げて、新たな海へと漕ぎ出す決意を表明した曲だ。この曲は彼とファンとの間の新たな約束の歌だったと言うこともできる。
ザ・サークル
ザ・ハートランドが奏でるジャズ・ファンク・サウンドに乗って、譜面台に置いた歌詞を見ながら佐野は歌う。佐野と共に円熟の境地に達しつつあるザ・ハートランドによる演奏も見事なもので、とりわけダディ柴田のサックス・ソロは絶品。
欲望
忘れ難い名曲が多いアルバム『ザ・サークル』の中でも最も印象的な曲のひとつ。限りなくスポークンワーズに接近しならがらもギリギリのラインでメロディを維持している佐野元春ならではのソウル・バラッド。こんな歌をこんなふうに歌えるシンガーは彼しかいない。
新しいシャツ
「ザ・サークル・ツアー」で各地のコンサート・ホールが最も陽気に盛り上がった曲。佐野が教えてくれた「Whey-hey-hey-yeah-yeah!」でのあのアクションを君はまだ覚えているだろうか? ライヴでのこの曲はポジティヴな輝きに溢れている。
悲しきレイディオ
初期のステージから最も熱く盛り上がる曲。佐野が指をさした瞬間に始まるピアノによるイントロも、シャツやパンツのポケットを探るジェスチャーも、赤のストラトキャスターを抱えてスライディングするアクションも、大切なことは何ひとつ変わっていない。
サムデイ
すでにザ・ハートランドの解散が発表されていた「ザ・サークル・ツアー」最終公演からのライヴ映像。佐野の歌声も、ザ・ハートランドの演奏も、いつも以上にエモーショナルなものに感じられるのは、聴く側の勝手な思い入れのせいだろうか。
ジュジュ
これもファンの間では人気の高い曲だ。愛されている、と言ってもいい。1994年9月日、横浜スタジアムで行なわれた「Land Ho!」からのライヴ映像。佐野とザ・ハートランドの最後のコンサートだ。忘れられない夜の忘れられないパフォーマンスのひとつ。
スウィート16
敬愛するバディ・ホリーへのオマージュ。シャツを脱いだ佐野が上半身裸で歌い始める。ハートランドの勢いも生半可じゃない。全員が一体化して爆発するのがこのバンドの特徴だが、ここでの彼らは火を噴きながら全速力で走っているトラックのように凄まじい。
約束の橋
「インターナショナル・ホーボー・キング・ツアー」日本武道館公演からのライヴ映像。スーパー・グループ仕様のH.K.B.だけでも凄いメンバーだが、さらにスカパラ・ホーンズの5人がいるのだから、それだけでも観る価値がある。
君を連れてゆく
日本語のロックの成熟を証明してみせた『ザ・サークル』収録の名曲。Dr.kyOnのアコーディオンと佐橋佳幸のスティールギターの伴奏によるこの曲はやはり圧倒的に素晴らしい。最初からこんなふうに演奏するために作られた曲のようにさえ思える。
コンプリケイション・シェイクダウン
H.K.B.+スカパラ・ホーンズによるゴージャスなライヴ・ヴァージョン。バックアップ・ヴォーカルのセクストン姉妹もいるのだから、これはもう史上最強の「コンプリケイション・シェイクダウン」ではないかとも思える。
水上バスに乗って
プレイグスの深沼元昭をゲストに迎えたライヴ映像。のちにコヨーテ・バンドに参加することになる深沼とのライヴでの初共演だ。深沼、佐橋、Dr.kyOn、佐野の4人がギターを派手に掻き鳴らすロックンロール・サウンドが堪能できる。
すべてうまくはいかなくても
アルバム『フルーツ』の中では比較的目立たない曲だが、実は屈指の名曲。大人のラヴ・ソングを書かせても、やはり佐野は特筆すべきソングライティングの才能を発揮する。この曲での佐橋佳幸の流麗なギター・ソロはまさに絶品だ。
太陽だけが見えている -子供たちは大丈夫
カラフルなアルバム『フルーツ』の中でも一際異彩を放つ異色作。H.K.B.+スカパラ・ホーンズ+セクストン姉妹が奏でるジャズ・ファンク・サウンドに乗って、佐野は軽快なステップを踏みながら独自のスポークンワーズを披露する。
ヤング・フォーエバー
「ザ・バーン・ツアー」大阪公演からの映像。ツイン・ギターをフィーチュアしたギター・バンド・サウンドは70年代的であると同時に90年代的でもあった。音楽の楽しさの原点に回帰した佐野とH.K.B.のこの時期のライヴには特別な温もりがあった。
ヘイ・ラ・ラ
黄金時代のアメリカン・ロックを聴いて楽器を始めた極東の島国の少年たちの夢をリアルに実現してしまったアルバム『ザ・バーン』収録曲。佐野とミュージシャンたちの笑顔を見ているだけでも僕らは幸せな気持ちになる。
7日じゃたりない
アルバム『ザ・バーン』を佐野と共同プロデュースしたジョン・サイモンがタンバリンで、ザ・バンドのガース・ハドソンがアコーディオンで参加したライヴ映像。佐野とH.K.B.が偉大な先輩として敬意を払っていることはこの映像からも伝わってくる。
ロックンロール・ハート
阪神タイガースのキャップを被ったジョン・サイモンとザ・バンドのガース・ハドソンがゲスト参加した「ザ・バーン・ツアー」大阪公演からのライヴ映像。国籍や世代を超えたミュージシャン同士の絆はとても素敵だ。
驚くに値しない
佐野が積極的に挑戦してきたビートと言葉に関わる独自の試みの新たな成果と呼び得る曲だ。ヘヴィーなファンク・ビートに乗って歌う佐野のパフォーマンスはとても刺激的。もはや「佐野元春」としか言いようのないオリジナリティがここにはある。
イノセント
デビュー20周年を迎えた佐野がファンへの感謝の念を込めて書いた「イノセント」。20周年を祝う日本武道館公演からのこのライヴ映像には、佐野とファンの間の強い絆が鮮明に捉えられている。うれしそうにジャンプする43歳の佐野元春がとてもチャーミングだ。
君の魂 大事な魂
2005年2月「ザ・サン・ツアー」東京公演からの映像。50年代のオリジナル・ロックンロールを連想させるオーソドックスなラヴ・バラッドだ。シンプルな歌詞だが、如何にも佐野らしい言葉の選択が光る。佐野と観客が片手を上げて横に振るポーズが見られる。
太陽
「夢を見る力をもっと」「ここにいる力をもっと」と神に祈るこのバラッドでは、サヴァイヴァルへの強い意志を佐野は表明している。この曲が発表された8年前よりもさらに困難な時代を生きている現在の僕らにはより切実に響くメッセージだろう。
国のための準備
佐野、佐橋佳幸、Dr.kyOnによる3本のエレクトリック・ギターが唸りを上げるストレートなロックンロール・チューン。アイロニカルな歌詞は繰り返しが多いシンプルなものだが、だからこそそのメッセージは怖いほどリアルに響く。
星の下 路の上
ギター・バンド・サウンドに乗って、20年ほど若返った感のある佐野が歌う。コヨーテ・バンドと一緒にプレイするときには佐野もメンバーと同世代の気分で歌っているようだ。同世代の仲間が集まったようなパブ・ロック感覚もこのバンドの魅力のひとつ。
君が気高い孤独なら
2009年7月、「ライヴハウス・ツアー『コヨーテ』」東京公演で収録されたライヴ映像。若いコヨーテ・バンドだからこそ生まれるダイナミックなグルーヴがここにはある。そのグルーヴに乗って歌う佐野のパフォーマンスも躍動感に溢れている。
サムデイ
2011年6月の「オール・フラワーズ・イン・タイム」東京公演からのライヴ映像。30年前からずっとこの曲は僕らと共にあった。僕らは変わっても、この曲は変わらない。佐野元春という男がここにいる。それだけで充分じゃないか、という気もする。
アンジェリーナ
2011年6月の東京国際フォーラムで55歳の佐野元春が歌う「アンジェリーナ」。いまでもこの曲は僕らを走らせる。きっとこれからも走り続けるのだろうな、と思いながら僕らは走る。前を走っている彼の背中を見つめながら。