この音楽の中にある「みずみずしさ」はなんだろうか
柴 那典

風を切って走る僕のバイク
後ろで君は僕にしがみついてる
―― 佐野元春「天空バイク」

 アルバム『マニジュ』の中で最初に書かれたという「天空バイク」。たった二行の歌詞で鮮やかに情景が浮かぶ。きっと「僕」と「君」の二人はまだ10代。本を貸し合ったり、音楽を分かち合ったり、いつもお互いだけに通じる秘密の符号のようなものを交わし合っている。だから、くだらない毎日なんていつだって抜け出せるような気がしている。二人乗りのバイクに乗ってどこにでも行けるような気がしている。

 とても思春期的な情景だ。ほとんどの人が思い出の中に仕舞い込んだり、大人として日々をやり過ごしていくうちに忘れてしまうような感覚。胸を突き上げるような高揚感と、その裏側にある少しの不安。そういうエモーションを、ギターとピアノの響きが引っ張るみずみずしいバンド・アンサンブルが鳴らしている。スタイルとしては基本的には60年代や70年代のロックを踏襲している。しかしその音楽は今の時代と呼応し、フレッシュな響きを持っている。

 アルバム『マニジュ』を聴いてまず感じたのは、そういう軽快な躍動感だった。オープニングの「白夜飛行」も、リード・シングルの「純恋(すみれ)」も、そういうタイプの曲。不思議なもので、演奏は成熟し、曲調は洗練に向かっているのに、音楽の中に若さと新しさが宿っている。「初期衝動」や「原点回帰」とも違う。もちろん若作りでもない。今までにないものを作ろうという開拓者精神のようなものがサウンドに息づいている。だからソングライティングが焦点を当てている少年性や思春期性とそれが呼応する。たとえばコヨーテ・バンドとなってからの一作目『COYOTE』には、佐野元春から一回り下の世代のミュージシャンたちが集ったゆえの新鮮さがあった。しかし『マニジュ』はそこから12年が経ち、熟練に達し、息の合った鉄壁の編成となったコヨーテ・バンドと作り上げた4枚目のスタジオ・アルバムである。そういう時期の作品にこれだけの鮮度が宿っているというのは本当に感服する。

 そして、繰り返し『マニジュ』というアルバムを聴いていると、そのみずみずしい喜びや高揚感の向こう側に、一つのコンセプチュアルなストーリーが潜んでいるのに気が付く。

 本作の歌詞には「あの人」という言葉が頻出する。

あの人はやってくるだろう
ブルドーザーとシャベルを持って
―― 佐野元春「悟りの涙」

あの人の心は 誰にも読めない
いつだって何か悪いことを企んでいる
―― 佐野元春「夜間飛行」

 「あの人」に誰を投影するのか、「あの人」という言葉から誰をイメージするのかは、聴き手に委ねられている。曲によって違うのかもしれない。共通しているのかもしれない。そのあたりはわからない。しかし間違いなく言えるのは、繰り返される「あの人」という言葉が、「君」と「僕」だけの思春期的な世界にはない奥行きを作品にもたらしているということだ。

 アルバムに収録されている曲は、それぞれパズルのピースのように関連しあっている。たとえば「白夜飛行」と「夜間飛行」のように明確に呼応しあっている曲もある。そういう11曲分のストーリーが、ラストの「マニジュ」に流れ込んでいる。ビートルズの匂いをふんだんに漂わせるこのサイケデリックな曲が、さまざまな思いを受け止めて昇華している。「もう心配ないよ」と、アルバムは終わる。

 僕がこのアルバムから受け取ったものは「世代を超える」という一つの可能性についての、一つの希望に似た感覚なのかもしれない。何度かこのアルバムを聴いて、そう感じている。ロック・ミュージックは、記憶の中に折り畳まれた10代のときの感情をいつも生々しく蘇らせてくれる。そして、生まれた時代や見てきた光景が違っていても、そのエッセンスのようなものを共有していれば、通じ合うことができる。そう信じさせてくれる。

 10代の自分がこのアルバムに出会っていたら、どんな風に感じただろうか。そんなことを考える。