『Maniju』雑感
Kaoru. T

自由に唄う 思いのままに
どんな時代も どんな場所でも
街を越え 人混みを渡り
やりたいことは 何でもする
―― 佐野元春「蒼い鳥」

 蒼い鳥はそう唄う。私はこれまでも長い時間をかけてその蒼い鳥を追い続けて来たけれども。この『マニジュ』を手にしたあとは尚。この蒼い鳥、とても愛おしく。とても大事にしていかなきゃならない蒼い鳥なのだと、改めて此処に刻む。

恋に落ちればもう誰もが愚かになるよ
―― 佐野元春「純恋 (すみれ)」


 この時代、人の富や賢さや英知が野蛮な狡猾さにしかならないのであれば、私は潔く愚かでいたい。この「純恋 (すみれ)」はそう思わせてくれる。今の様な時代には、こういった愚かさの中こそ、Peace, Love, and Understanding の芽吹きがあるのではないかなと、私は此処で考える。
 ちなみに、この「蒼い鳥」から 「純恋 (すみれ) 」に繋げる音の流れは、何とも言えないみずみずしい昂揚感包まれる感じがして、とても好きだ。

 他にもこのアルバムで好きな流れが幾つかある。12弦の音色も加わってミステリアスでチャーミングな「天空バイク」から美しくソウルフルな「悟りの涙」への流れ。「詩人を撃つな」からのストーリーの連なりで続く美しく壮大な感の「朽ちたスズラン」への曲の流れ。それは前半のラスト曲だと私は思うが、失意の先の癒しと悟りをそこに見出すことが出来る。

 シニカルでとても面白いのは、オープニング曲「白夜飛行」でエンジンを掛け、一気に聴き手を世界に一歩踏み出させたそのすぐ後で、「現実は見た目とは違う」と。踏み出したばかりのこの世界に、もしくはこの『マニジュ』自体の捉え方にまで注意喚起を呼び起こさせるその絶妙さ。至極正しい遊び心、とでも呼べばいいのだろうか。佐野さんのそういったスタンスが私はやはりとても好きだ。

 この「現実は見た目とは違う」とはこのアルバムのひとつの大事なテーマなのだと私は思っている。キラキラとしてみずみずしい音色や軽快なポップ、そこに内在しているものは何なのか。光は影をおとし、影は光を浮き上がらせる。チャーミングはディープさを伴い。既存の価値観とこれからの価値観。この目の前に広がる世界、それは果たして真実なのか。私はあれやこれやとこの『マニジュ』で考える。

 ブックレットに「光の小旅行」と旧タイトルのある「禅ビート」。人の愚かさの自問からはじまるグルーヴとビートの利いたご機嫌なロックチューン。そこからサイケデリックで壮大なバラッド「マニジュ」というオーラスの曲に繫がる。  私はこのアルバムのもうひとつの大きなテーマをここに見る。月日は百代の過客、と芭蕉も言うように、すなわちこの宇宙、生命における光の小旅行、もしくは月の満ち欠け、遥かな時の中においては、月日も自分たちも同じ旅人に過ぎない。時代や国や人、あらゆる狭間の中で振り子のように揺れるばかりの旅人。葛藤や不安と再生や新たな決意とを同時に抱えながら行きつ戻りつする旅人の、生命の帰結までの水先を、もう心配ないよと、この二曲で案内してくれてるかのように私は思う。

そうさ、自由に唄う 思いのままに
丘の向こう 陽が沈む前に
―― 佐野元春「蒼い鳥」

 どうか蒼い鳥よ。今日も明日もそしていついつまでも。この世界の陽が沈んでしまう前に。何事にもそして何者にも脅かされることなく。その心のままに気高く自由に飄々としながら、唄っていておくれ。