The Milk Jam Tour '03
SHEDULE

 神戸を皮切りに、佐野元春とザ・ホーボー・キング・バンドが《ミルク・ジャム・ツアー》をスタートさせたのは、5月最後の金曜日のことだった。それから7週間ほどのあいだに彼らは10都市を回り、計15回のコンサートを行った。
 
 7月20日。ツアーの最終公演地、東京・渋谷公会堂。この日はコンサートを撮影するために大勢のビデオ・クルーが入っていたこともあって、会場には最初からどことなく張り詰めたムードが漂っていた。リハーサルは長引き、 佐野はPAやモニター・スピーカーの調子を神経質なくらい細部にわたってチェックした(その結果、開場時間が30分以上遅れた)。
 
 この夜の佐野とホーボー・キング・バンドは、最初の数曲で一進一退を繰り返した。「コンプリケーション・シェイクダウン」は意気込みが空回りしたように演奏がギクシャクしたが、次の「ワイルド・オン・ザ・ストリート」では強烈なグルーヴを生み出し、観客を引きつけた。そこで勢いに乗るかと思われたが、その次の「カム・シャイニング」は、観客に“来いよ”と呼びかけておきながら、佐野自身が歌の中から出てこようとしないという感じだった。ステージ上のだれもが、今夜が最終公演だということに足を取られていた。
 
 しかし、「ヴィジターズ」「フィッシュ」「ボリビア」とつづくなかで、 彼らはいつもの“いい感覚”を取り戻した。「ブルーの見解」では佐橋佳幸がギブソン335でブルージーなソロを披露してムードを盛り上げ、「ドクター」ではKyonのエレクトリック・ピアノが客席を沸き立たせた。笑顔で力強いドラムを叩きつづける古田たかしはつねにバンドをリードし、控えめな井上富雄と山本拓夫も時折スポットライトの中央に歩み出た。名うてのセッション・ミュージシャンの集まりであるにもかかわらず、ホーボー・キング・バンドは真の「バンド」なのだ。
 
 20年前のアルバム『ヴィジターズ』の収録曲を (コンサートによってはその全曲を) 演奏するというのは、このツアーの狙いのひとつだった。この日も、最初の4曲と中盤での「サンデイ・モーニング・ブルー」「トゥナイト」など計7曲が演奏されたが、それは“最初の自覚的な日本語のラップ・アルバム”という『ヴィジターズ』の定評に、作者自ら念を押すためというよりも、ライヴにおけるホーボー・キング・バンドの可能性を探るうえで、『ヴィジターズ』の楽曲がふさわしいと佐野が考えたからだろう。
 
 ジャム・セッションと呼べるほど多くの曲で即興演奏が展開されたわけではないが、ぼくが見た限りでは、ホーボー・キング・バンドの演奏は、 日によってかなり印象をちがえていた。ステージは自由で、 しかしでたらめではなかった。それは親しい友人同士の会話に似て、 しばしば白熱し、 音楽はあらゆる方向に向かった。いまこの瞬間に自分が感じていることをバンドのメンバーに伝えるために、彼らは演奏や歌 (声) でコミュニケートしていた。
 
 そうしたステージを見ることで、 ぼくたちもその“会話”に加わるのだ。彼らの“言っていること”がわかる。そう感じる瞬間は、 ちょっとした、しかしいつも味わえるというわけではない幸福感だ ――すぐれたロックのライヴ・パフォーマンスを見る (聴く) というのは、たとえばこういう体験だ。
 

 このツアーで披露された新曲のひとつ「ブロンズの山羊」(これは仮題で、ぼくは自分の取材メモに“Ooh la la”と書いた) は、とてもいい感じだった。初めて聴いたにもかかわらず、この曲のリフレインを観客は大合唱した。佐野はうれしそうにマイクに近寄り、「いまのは新しい曲でしたが、たくさん拍手をもらえたので、新しいアルバムに入れることにしました」と礼を述べた。それを聞いた観客からはさらに大きな歓声が上がった。
 
 コンサート終盤、観客の熱気は高まる一方だった。「ナイト・ライフ」では佐野がバンドのメンバーひとりひとりを紹介し、それぞれが長いソロを披露した。興奮を抑えきれないといったファンを前に、 佐野はこう切り出した。「古い曲を演る。でも、懐かしむためじゃない」。客席が一瞬、えっ!?というように静かになった。その反応を確かめるように一呼吸置いて、佐野は言葉をつづけた。「……いまを楽しむために演る」。
そう言うと、佐野とバンドは「彼女はデリケート」に突入していった。観客は佐野の考えを理解し、大きな歓声でもって同意した。佐野は感謝の気持ちを込めて「そこにいてくれてありがとう」をうたい、ステージを降りた。
 
 鳴り止まない拍手のなか、再び姿を見せた佐野とホーボー・キング・バンドは、代表曲のひとつである「ニュー・エイジ」と耳に残るロッカ・バラッド「セイル・オン」(その歌の背後では、ときおりジョン・レノンとニューオーリンズR&Bが二重写しになる) をうたって、アンコールに応えた。
 
 2度目のアンコールで佐野はひとりでステージに現れ、マーティン・ギターを弾きながら「ヤァ! ソウル・ボーイ」をうたった。そのあと、バンド全員を呼び戻し、ギターをギブソン335に持ち替えると、おもむろにそれをマーシャル・アンプに近づけ、フィードバック・ノイズを響き渡らせた。その残響のなか、彼は「ロックンローーール!!」と絶叫し、まだあんなにもエネルギーが残っていたのかと思わせるほどの勢いで「アンジェリーナ」と「スターダスト・キッズ」を演奏した。開演から2時間半。ツアー最後のコンサートは幕を下ろした。

 ツアー・パンフレットの最初の見開きには、『新しいアルバムのための創作メモより』として、このツアーで披露された新曲「フィッシュ」(仮題) の歌詞が部分的に引用されている。そこには、新たな気持ちで音楽活動に取り組もうとする佐野の決意がうかがえる。
 
 自分たちの新しい活動に対する大きな期待と、それにくらべれば小さなプレッシャー (ファンは自分たちを迎えてくれるだろうか)の両方を抱えてスタートした《ミルク・ジャム・ツアー》だったが、その旅を佐野はどう終えたのだろうか。ツアーで販売されたTシャツが手元にある。胸にプリントされた“MOTO”のロゴの下の“Jam Session”という小さな文字が目に入る。このツアーに臨む佐野とホーボー・キング・バンドの意気込みを、ここにも見ることができる。
 
 いいツアーだったし、収穫もあった。このうえは、2年越しのアルバムをなんとか完成させ、それを携えて再びツアーに出てほしいと願う。《ミルク・ジャム・ツアー Part2 》の開始を――佐野元春に望むことは、いまはそれだけだ。



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