ニュー・ジェネレーションのための佐野元春CDガイド
moto's note:
「日本語とロック」というテーマに興味ある人に聴いてもらいたいアルバム。「和洋折衷」と言えば...

「日本語とロック」というテーマに興味ある人に聴いてもらいたいアルバム。「和洋折衷」と言えば「はっぴいえんど」だろう。「はっぴいえんど」を聞いて以来、現代詩とロックンロールのコンビネーションを追及した結果、個人的にいい成果を挙げたアルバムのひとつだ。もともとロック音楽は米英の音楽をフォーマットにしている。日本語のロックは米英の音楽をフォーマットにする限りどこか翻訳的な無理がつきまとう。その無理を承知で自虐的に戯れる作家もいれば、マジメに取り組む作家もいる。自分はその中間だ。レコーディングはUKミュージシャンと一緒にゼロから作り上げた。そのせいかこのアルバムでは僕の中のオリエンタリズムが顕在化している。



MWS●『VISITORS』はニューヨークでの制作でしたが、この『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』はロンドンで生活しながら作られて、かつ、UKロックの凄腕ミュージシャンたちと一緒に作ったロックアルバムですね。もうひとつの特長は、アルバムタイトルからしてそうですが、ロックンロールサウンドの中で日本語が生き生きしています。今、新しいリスナーが聴いても、そこが凄いって感じると思うんです。

佐野●とにかく日本語をいかにかっこ良く音楽化するかが僕の大テーマであるんだけれど、それが上手くいったのが『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』だったな。アルバムを作る時は、とにかく徹底的に日本語というものにこだわった。美しい日本語をガサツなロックンロールの中に捻り込みたいみたいな、そんな感じだった。結果、できたものは面白くて凄いものになったよ。

MWS●まさに、捻り込んだという感じなんですね。言葉に無駄が無いといいますか。

佐野●多くのソングライターが、ロック音楽の中で日本語を機能させるのに悪戦苦闘してるんだよ。僕の場合は、自分の曲がラジオやテレビから流れてきたときに、聞き取りやすい言葉を使おうと心がけている。しかも有り体の言葉じゃなくて、できれば何か面白いことを言いたい。でも不思議なのは、意味のあることを正直に唄おうとすると言葉がどんどんそげていって、しまいには「俳句」のようにシンプルな表現になってしまう。『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の曲はそんな感じだ。

MWS●その一方で、歌われている意味がすぐ分かってしまうかというと、また違って、「奇妙なフェスタに招待されてる孤独なペリカン」とか、非常に抽象的な掛け合わせが頻出します。だから、何回も聴いてしまうんですよね。

佐野●それは多分、言葉の端々に見える、音楽詩というより現代詩に近い表現を採用しているからだろう。ただ、僕はいつも気をつけているのは「知的になりすぎないようにしなきゃ」ということなんだ。現代詩を盛り込んでそれっぽくやろうと思ったら、いくらでもできるよ。ただ、知的さに溺れると、やがてその知的さやエキセントリックさが鼻についてくる。これが知的なソングライターたちの陥りやすいところなんだ。しかし言葉の可能性は追求したいから、ぎりぎりの選択で作ったのが『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』だったね。

MWS●音楽面では、それまでに比べて非常にタフなロックンロールになっていますよね。

佐野●すごくストレートなロックンロールアルバムになったね。イギリスに行ってUKパブロック周辺のミュージシャンたちとアルバムのためにバンドを組んだんだ。エルビス・コステロのアトラクションズとかザ・ルーモアというバンドに参加していたミュージシャン、ブリンズレー・シュワルツとかが集まってきてくれて、そのバンドとセッションしながらレコーディングしていった。僕はそのバンドとUKでデビューしてツアーしようと思っていたくらいだから、バンドとしてのライブ感もまとまりもすごく良かった。だから、当時のUKバンド的なアルバムでもあるし、ポップアルバムでもあるし、現代詩の要素もある。とっても濃度の高いロックアルバムなんじゃないかな。

MWS●このアルバムが、ロックの王道なのかエッジなのかと考えると、極めてエッジの部分に立っているアルバムだと思うのですが。

佐野●このアルバムを出した'80年代後半、僕は凄く苛立っていた。だから、ライブパフォーマンスでもその苛立ちはストレートに出ていたし、そもそも『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』は凄くエッジのあるアルバムだよ。言葉にしても歌い方にしても。『No Damage』『VISITORS』を経て、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』へと続いてきた'80年代の旅を、最後の一撃を加えてぶっ壊してやれっていう、ある種『VISITORS』とは違ったクレイジーさが『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』のときにはあったね。非常に攻撃的でアグレッシブなアルバムになったと思うよ。

たぶん、どんなパフォーマーでも経験していると思うんだけども、肉体と精神がドンピシャに調和して、自分が本当にスーパーで超絶的な存在であると感じる時期がある。僕で言えば『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』のときがそうだった。ステージ上で自分を完璧にコントロールできるし、自分が思い描いている以上の表現が体から発せられる。この僕の存在をもって最後の一撃だ、ダンジョンゲームで最後のボスキャラに向かっていくんだって、そんな瞬間だったね。

思い出したのは、「ナポレオンフィッシュ・ツアー」ではニール・ヤングの舞台監督を呼んで、ステージの後ろに大きなビジョンを組んでもらった。そして、当時僕が素晴らしいなと感銘を受けたある写真家──核でやられてしまった地球の、後に残された砂漠の景色だけをイメージして撮り続けている砂漠写真家がいたんだけれど、その変容していく砂漠の写真をバックに「雪─あぁ世界は美しい」を歌うのというのが、ツアーの中でのハイライトだった。「ナポレオンフィッシュ・ツアー」のあの実験を目撃してくれたファンは好運だと思う。

MWS●ちょうどこの頃「Think Globally, Act Locally」というテーマを掲げてましたね。それはまさに今日のインターネット的なテーマです。そういう面でも、今、新しいリスナーにぜひ聴いてほしいですね。
[収録曲]
1. ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
2. 陽気に行こうぜ
3. 雨の日のバタフライ
4. ボリビア
  - 野性的で冴えてる連中

5. おれは最低
6. ブルーの見解
7. ジュジュ
8. 約束の橋
9. 愛のシステム
10. 雪 - あぁ 世界は美しい
11. 新しい航海
12. シティチャイルド
13. ふたりの理由
※曲名をクリックすると試聴できます。(QuickTimeが必要です

ナポレオンフィッシュと
泳ぐ日
レーベル:Epic Records
商品番号:ESCB1326
発売日 :1989.06.01
価 格 :¥2,854(税込)






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