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 7月20日 THE MILK JAM TOUR '03
text: 山本智志 



 「“ミルク・ジャム・ツアー”は、その優しげなツアー・タイトルとは裏腹に、ぼくの静かな闘志がむきだしになるツアーになるだろう」─ その予言が本当だったことを、佐野は訪れる街々で実際に証明してみせている。

 2003年6月15日。渋谷公会堂は開演前から異様なムードに包まれていた。この日が今回のツアーにおける東京での初めてのコンサートだということを割り引いても、熱気をはらんだ客席のざわめきは普通ではなかった。

 湧き上がってくる興奮を抑えきれないという点は、バックステージのミュージシャンたちも同じだった。客席の熱気を感じ取った彼らは、さらに意気込んだ。大歓声のなか、ステージに現れたホーボー・キング・バンドは、おもむろに2003年のHKBのテーマであるソウル・インストゥルメンタルを演奏しはじめた。その演奏が終わりかけたところで佐野が登場し、曲は「コンプリケーション・シェィクダウン」に移っていった。ショウは最初からフル・スロットル状態だった。それから2時間余り、彼らは途切れることなくロックのエネルギーをまき散らした。

 アルバム『ヴィジターズ』の収録曲を立て続けに4曲演奏し、緊密なムードを作り上げたあと、佐野は観客にこう語りかけた。

「ぼくらはニュー・アルバムをレコーディング中。……2年前から」

 客席に笑いが巻き起こり、温かなムードが広がる。こうしたユーモアが彼の持ち味だ。「今年こそはなんとかまとめあげたいと思っている」。そう言って彼は、新しい曲「フィッシュ」をうたいはじめた。

 まだ発表されていないアルバム用の曲を演奏するのは、このツアーの目的のひとつだった。ニュー・アルバムの一部を小出しにすることで関心を引こうというのではなく、 新作がどう受けとめられるか、その感触を得たいという想いが佐野にはあった。新しいアルバムを携えることなく出発したこのツアーの意味を、ファンは直観的に理解していた。佐野は自分の名声に安んずることなく、20年あまり活動を続けてきた。それほどのキャリアを重ねてなお、彼はその姿勢を変えようとしない。

“新境地”とも言えそうなラテン・ファンク「フィッシュ」は、佐野がそうしたアプローチを試みたこと自体が興味深い曲だし、ブラック・ミュージックとロックンロールのエッセンスを抽出し、絶妙にブレンドした「ブロンズの山羊」は、今後の佐野とホーボー・キング・バンドの方向性を示唆していた。そして、新曲を披露する一方で、佐野は「ブルーの見解」をポエム・リーディングのスタイルで聴かせ、「サンデイ・モーニング・ブルー」や「トゥナイト」では観客を座らせ、アコースティック・セットの形で演奏してみせた。

 さまざまな音楽性が出入りしていながら、そこには首尾一貫したムードがあった。ロックというのは、もともとそうした音楽ではなかったか ── 彼らのステージは、あらためてそんなことを思わせもした。 このところ佐野は、しばしば“シンガー・ソングライター”という言葉をつかって自分の音楽的立脚点を説明していた。そうした自覚とホーボー・キング・バンドの潜在能力が結びついたとき、そこに新しい音楽が生まれるかもしれないという期待に、彼自身、胸を躍らせているに違いない。

「ホーボー・キング・バンドは、佐野元春の新しいサウンドを作り出したいと常々思っているバンドなんだ」。この数年、佐野は折に触れてそう言ってきたが、 彼らとのこのツアーをとおして、佐野は次に自分が向かうべき「新しい場所」を探そうとしているのかもしれない。ロードに出るのも新しいアルバムを作るのも、すべてはそのための試みなのだ。

 このツアーに臨む佐野の「むきだしになった静かな闘志」ははっきりと感じ取れたし、未来に目を向けようと意識的に努める彼の姿を目撃することもできた。ホーボー・キング・バンドの演奏は、ぞくぞくするようなインスピレーションに満ち、ときには“ジャム・バンド”の様相を呈した。

 ステージと客席は互いに共鳴しあうように、ひとつの熱気を共有した、素晴らしいコンサートだった。ファンの一人ひとりが望んでいるものをいつも与えてくれるとは限らないが、 佐野はいつも何かを見せてくれる。

 ミュージシャンたちは心ゆくまで演奏し、観客はそれを存分に楽しんだ。何のギミックもない、純粋に音楽的なコンサートだった。大げさに言うつもりはないが、この日のコンサートを見る限り、佐野が2年がかりで取り組んでいる新作は、ハッとするような新しい方向性を打ち出したものになることだろう。いや、そうしたものになると断言してしまいたくなるほど、満ち足りた夜だった。



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