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 Rock & Soul Review | 佐野元春と彼のバンドの「新しい夜明け」
text: 吉原聖洋 


「言葉と音楽による計算された即興性」

 21世紀を迎えての初の全国ツアー“Rock & Soul Review”。20周年アニバーサリー・イヤーを終えて、佐野は新たな決意を秘めてロードに出た。それは同時に「過去の佐野元春」への決別でもあった。

 今回、ドラマーに古田“マイティ”たかし、マルチ・リード&ホーン・プレイヤーに山本“ブロウ”拓夫を迎えて、佐野はバンドに激しい化学反応を引き起こした。ロック、フォーク、ブルース、ジャズ、ソウル、ファンク、ヒップホップなどを融合した彼らはいま、1970年前後のニュー・ロックの登場を連想させる21世紀の新たな領域へと踏み込もうとしている。

 バンドの編成から見ても、現在のザ・ホーボー・キング・バンドの佇まいは、古くはスティーヴ・ウィンウッドやデイヴ・メイスンらが在籍したトラフィック、故ジェリー・ガルシアが率いていたグレイトフル・デッド、最近のバンドではPHISHやデイヴ・マシューズ・バンドなどに近い。これらのバンドのギグはインプロヴィゼーションをフィーチュアした演奏時間が長いことで共通している。彼らのギグの最大の醍醐味は、ミュージシャンたちのインタープレイ(相互作用)が楽曲の形を自由自在に変化させてしまうところだ。

 佐野はこれまでもライヴ表現において常に「言葉と音楽による計算された即興性」を重んじてきた。佐野はいまもそれを新生H.K.B.に望み、そして彼らはその期待に十二分に応えている。

 いま佐野に起こっている変化は、決して表面的なものではない。佐野自身の頭の中で徹底的にイメージされ、ニュー・アルバムのためのレコーディング・セッションで練り上げられ、さらにツアーのためのリハーサル・セッションでも破壊と創造を繰り返し、さまざまな試行錯誤を経て、佐野が新生H.K.B.と共に作り上げて来たニュー・スタイルだ。

 “Rock & Soul Review”のために設定されたそれぞれの楽曲のキー、テンポ、リズム・パターンなどは決して表層的な変化ではない。必然性のあるアレンジメントと遊び心のあるインプロヴィゼーションは間違いなくライヴの楽しさを増幅させている。これほど音楽的なロック・コンサートも珍しい。ロック、ソウル、ジャズ、ブルースなど、さまざまなアティテュードを血肉化した手練れのミュージシャンたちの集合体ならではのライヴ・パフォーマンスが“Rock & Soul Review”だ。

 一筋縄ではいかないこのギグをまるごと楽しむためにはオーディエンスにもある程度の音楽的なトレーニングが必要だと思われるかもしれないが、いつもの通り佐野は決して聴き手を突き放したりはしない。斬新なアレンジに戸惑ったファンがいたとしても、ライヴが進むに連れて、誰もがいつのまにか佐野のマジックに魅了されていく。誰もがそれぞれの楽しみ方で自由に楽しめる佐野元春のライヴならではの重層的な多面性は今回のツアーでも健在だ。


「失くしたものに別れを告げて、奪われたものを取り返す」

佐野の新しいヴォーカル・スタイルにも注目したい。クライマックスの一歩手前で果敢に踏み留まりながら、真のピーク・エクスペリエンスに向かって粘り強く前進し続けるそのヴォーカル・スタイルはとてもセクシーだ。ファンからのライヴ・リポートなどで自分の声や曲のキーについて書き立てられることにうんざりしている佐野だが、今回は過去の楽曲をほぼ全面的にリ・アレンジし、自身のヴォーカル・スタイルも一新してツアーに臨んでいる。ここに到るまでの試行錯誤と彼の決意には相当のものがあったに違いないが、その潔い態度に最大の敬意を表し、彼の新しいヴォーカル・スタイルを熱烈な拍手で迎えたいと思う。

 このツアーでの新生H.K.B.のバンド・サウンドも、やはりクライマックスの一歩手前で聴き手のピークを巧みに焦らしてくれる。佐野が「ボーイズ・コーラス」と呼ぶダイナミックなコーラス・ワーク、山本拓夫のフリーキーなブロウ、メロディー・セクストンのソウルフルなヴォーカルなども含めて、H.K.B.はよりタフでマッチョでセクシーなリアル・ロック・サウンドを作り上げた。ミュージシャンシップにあふれた彼らのアンチ・クライマックス・セッションはヴェテランのオーディエンスにはそれ自体が永遠の快感を与えてくれるはずだが、ひたすらピークに達することのみを望む若いオーディエンスのためには激烈なピストン運動と核爆発の如き噴出が約束された贅沢なアンコールが用意されている。

 佐野元春はいま失くしたものに別れを告げて、奪われたものを取り戻した。進化を遂げ続けるアーティストはともすれば自己完結の罠に陥り、アーティスト生命を縮めてしまう場合が少なくない。しかし佐野は違う。誰よりもユニークな個であり続けながらも常に普遍であろうとするヴィジョンを決して諦めない彼の音楽はいまもその強靭なポピュラリティを失ってはいない。

 21世紀最初の夏、佐野とH.K.B.は未知の海域へと針路をとり、前人未到の新しい夜明けを迎えようとしている。大阪2daysを体験した幅広い世代のオーディエンスの熱狂が何よりもその事実を雄弁に語っている。


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