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ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル 2005
text:吉原聖洋



PHOTO: 黒須和彦

ハイドパーク・ミュージック・フェスティバルの精神
- さまざまな“つながり”が見えた特別なフェスティバル

text:吉原聖洋

 ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル(以下HMF)は、手造りの野外フェスティバルだ。かつて狭山の米軍ハウスで暮らしていたミュージシャンたちの音楽とハイドパーク(現・稲荷山公園)の豊かな自然を愛するボランティアたちの熱意がこのフェスを生んだ。細野晴臣、小坂忠、洪栄龍、麻田浩ら、かつて狭山で生活し、この地で音楽を作っていたアーティストたちを中心に、このフェスの精神に共感するさまざまな世代のミュージシャンたちが集まり、ここでしかあり得ないスペシャルなラインアップが実現した。彼らが何故ここに集ったのか、ひと目で理解できる特別な顔ぶれであり、本当の意味での音楽的なコンサートが楽しめるはずだと予感させる素晴らしいラインアップでもある。

 HMFは60〜70年代の音楽や風俗を回顧するためのフェスティバルではない。あの時代を生きてきた人たちが「昔はよかった」と過去を振り返るための後ろ向きのイベントではない。むしろHMFを実現したミュージシャンやスタッフの態度はひたすらポジティブだ。言ってみれば、これは良質の過去を含む現在を未来へと伝えようとする試みである。次の世代へと伝えられるべき良いものは伝えよう、というポジティブな姿勢がHMFの本質であり、とてもチャーミングな過去と現在と未来の関係がここにはある。

 初日は天候に恵まれたものの、2日目の午後には大きな雨雲が空を覆っていた。午後から降り始めた雨は夕刻になっても上がらず、やや小降りになったかと思うとスコールのような豪雨が戻って来る、というサイクルを繰り返していた。多少の遅延はあったものの、ミュージシャンやスタッフの懸命の努力によって、そんな天候の下でもコンサートはほぼ予定通りに進行され、雨に打たれながらもオーディエンスは皆、それぞれのやり方で楽しんでいるように見えた。

 その日、僕は雨具を持っていなかった。どこかで調達することもできないわけではなかったけれど、敢えてそうはしなかった。特に理由があったわけではない。なんとなく雨に打たれたい気分だったのかもしれない。数分後には白いTシャツは素肌に張りつき、黒いパンツも水を吸って鉛のように重くなってしまったが、気分は悪くなかった。いや、むしろ爽快だった。

 鈴木慶一、鈴木博文、武川雅寛によるハーフ・ムーンライダーズの演奏中には「No Rain!」の祈りが通じて雨が止むかとも思われたが、セットチェンジ後に洪栄龍が登場する頃には再び大粒の雨が降り始め、それはエリック・アンダースンがステージに上がったときにも続いていた。どしゃ降りの豪雨の下で聴くエリック・アンダースン。似合っているのかどうかはよくわからなかいが、得難い体験だったことは間違いない。久しぶりに聴いた往年の名曲「Blue River」もよかったが、最後の「You Can't Relive The Past」(旧友ルー・リードとの共作曲)にも胸を打たれた。

 エリック・アンダースンがステージを降りたときにはまだ降り続いていたが、セットチェンジの間に徐々に小降りになり、ザ・ホーボー・キング・バンド(以下H.K.B.)のメンバーが登場する頃には奇跡的に雨が上がっていた。H.K.B.によるオープニング・ナンバーはインストゥルメンタルの「Mercy, Mercy, Mercy」。雨雲を派手に蹴散らすかのような、強靭なアンサンブルで“棟梁”佐野元春の登場を予告する。

 やがて佐野が登場すると、待ち焦がれていたオーディエンスは大歓声で迎える。「夏の夜にぴったりのセットリストを用意してきたけれど、この雨で……セットリストを全部入れ替えた」というMCに続いて演奏されたのは、スキッフル・バージョンの「Please don't tell me a lie」。「きっと雨が君を濡らすだろう」という件りがずぶ濡れの観客たちを笑顔にさせる。これは雨に濡れた僕らを励ますために佐野が選んだ曲ではないかと感じた。いつもはシニカルなニュアンスも感じさせる歌詞が不思議なことに僕らを力強く鼓舞してくれる。オリジナル・バージョンにはない「人が人と殺しあう世界さ/あとどれくらい殺せば気が済むのか」という強烈な一節でさえも僕らにパワーを与えてくれるような気がした。

 「Please don't tell me a lie」には、前日に出演したテキーラ・サーキットの奥沢明雄がアコースティック・ギターを抱えてゲスト参加している。奥沢は佐野の高校時代の旧友であり、この日は出演の予定はなかったが、佐野のパフォーマンスを観るためにやって来ていたようだ。奥沢はアコギでのソロも披露した。

 2曲目の「コンプリケーション・シェイクダウン」は「Please don't tell me a lie」のスキッフル・マナーを引き継いだカントリー・ロック・バージョン。このバージョンは歌詞以上に複雑なニュアンスを聴き手に感じさせる。ダブル・ミーニングなんて生易しいものではない。歌詞そのものの言葉の意味をはるかに超えた微妙で複雑なニュアンス。前曲と共通するキーワードがあるとしたら、“つながり”だろうか。

 続いて演奏された「99ブルース」と「インディビジュアリスト」も含めて、たとえば氷河期みたいにクールにも、あるいは山火事みたいにホットにもなり得る強力なセットリストだが、それぞれのソロ・パートも含むこの夜のパフォーマンスはどちらの要素をも併せ持ったもので、聴き手によって印象が大きく異なるかもしれない。ひと言で表現するのは難しいけれど、敢えて言えばその感触は“ヒューマン・タッチ”。キーワードは、やはり“つながり”だ。

 HMFは特別な意味を持つフェスティバルだから、参加ミュージシャン皆、このフェスと自分との“つながり”について、それぞれにステージの上で表明している、とも言えるかもしれない。ある者はかつてこの地で書いた曲を歌い、ある者はこの地で生まれた曲をカバーし、ある者はこの地で素晴らしい音楽を生んだ先達へのリスペクトの念を表明した。

 佐野も彼のやり方で“つながり”を表明している。それは他のミュージシャンたちとは異なるやり方だったかもしれないが、実に彼らしい表明の仕方だった。もちろん先達へのリスペクトを忘れることはない。けれども、自分には自分のやり方があり、自分には自分の音楽がある、と明確に表明するのが彼の流儀だ。先達から受け継いだものを血肉化し、さらにそれを次の世代へと伝えていくこと。それが佐野のやり方であり、それはHMFの精神でもあるはずだ、と僕は考えている。。

 HMF2005は、さまざまな“つながり”を見せてくれる特別なフェスティバルだった。ボランティア・スタッフ主導による初めての開催だから、予期せぬアクシデントもあったけれど、来年にはより良い野外フェスにすることができるはずだ。来年の夏もこの地で佐野元春とH.K.B.に再会したい。そのとき彼らはきっと「夏の夜にピッタリのセットリスト」を披露してくれるだろう。“つながり”が途切れることはない。僕はそう信じたい。


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関連WEB:http://www.hmf-sayama.jp/toppage.html

出演:
小坂 忠
鈴木 茂
鈴木慶一/鈴木博文/武川雅寛
洪 栄龍
麻田浩&Muddy Greeves
松田 幸一 
佐野元春&ザ・ホーボー・キング・バンド
森山良子 
ブレッド&バター 
ラストショウ
アーリー・タイムス・ストリングス・バンド 
岩渕まこと MAKOTO BOX
センチメンタル・シティ・ロマンス 
高野寛&佐橋佳幸 高野寛web site 佐橋
斎藤誠 
小谷美紗子 
大川タケシ 
中川五郎 
宮武希
ハンバート・ハンバート 
テキーラ・サーキット 
ラリーパパ・アンド・カーネギーママ 
SAKE ROCK 
エリック・アンダースン
マーク・ベノ




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