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 9月21日 In motion 2001 | 植民地の夜は更けて
text: 吉原聖洋 



 雨が降っている。佐野元春のライヴの日に雨が降るのは久しぶりのことだ。でも、今夜のライヴはロック・コンサートじゃない。佐野と井上鑑とのコラボレーションによるスポークン・ワーズ・セッション。たまには雨も悪くない。

 緊張感がないわけはない。たぶんミュージシャンよりもむしろスタッフのほうがプレッシャーを感じているのではないかと思うけれど、なにしろあの“Rock & Soul Review”のツアー・クルーが中心になっているから、ジョークを飛ばしながら陽気に緊張している。傍目には緊張しているようには見えないだろうな、きっと。

 1994年のイヴェント“Beat-titude”への参加を別にすれば、佐野にとっても初めての試みであり、井上鑑、山木秀夫、高水健司、山本拓夫ら手練れのミュージシャンたちにとっても実験的な試みだから、緊張感がないわけではない。しかし、それはむしろ心地よい緊張感だ。何か新しいことが始まる前の、わくわくするような緊張感がここにはある。

 開演直前のホールにはウィリアム・バロウズの朗読が流れていた。最初に井上鑑が登場し、オーヴァーチュアが流れる中をミュージシャンたちが舞台に上がってくる。最後に佐野が登場し、すぐに「ポップ・チルドレン」が始まる。

 最初のうちはオーデイエンスも緊張しているように感じた。どんなふうに反応したらいいのか、迷っているのかもしれない。音楽を楽しむように素直に楽しめばそれでいいのだが、誰もが初体験のスポークン・ワーズ・セッションであり、ややスクエアな会場の雰囲気もあって、やはり最初は戸惑いがあるのだろう。

 だが、佐野のフレンドリーなMCとリヴィングルーム・セッションばりの親密なグルーヴに先導されて、オーディエンスも徐々にその世界に入り込み、中盤以降には多くの観客がスポークン・ワーズの楽しさに目覚めてくれたように感じられた。立ち上がって踊る人はいなかったけれど、熱っぽい拍手が彼らの感動を物語っていた。


 2daysの2日目で最終日。しかも2回公演。開演前、「おれ、一日2回のライヴって初めてかもしれない」と山本拓夫が笑顔で呟いていた。

 1回目の公演は15時40分に開演。佐野のリーディングも、ミュージシャンたちの演奏も、昨夜のパフォーマンスよりも力強く感じる。ミュージシャンたちのプレイがややラウドになったせいか、佐野のリーディングもより熱を帯びて、それがまたミュージシャンたちの演奏にフィードバックする。クールであると同時にホットでもある。そのバランスが絶妙だ。観客の反応も昨夜よりもずっと良い。

 スポークン・ワーズは歌よりもダイレクトに佐野の肉声の魅力を聴き手に伝えてくれる。世界中でたったひとりの、佐野元春しか持っていないその声はとてもチャーミングだ。催眠的であると同時に覚醒的でもある彼の声はまさに“In motion 2001”の真の主役であり、すべての詩で最大の効果を発揮している。

 今日の「僕は愚かな人類の子供だった」では山本がアイリッシュ・フルートを吹いた。昨夜まではフルートを吹いていたのだが、よりヒューマンなタッチのアイリッシュ・フルートの音色がこの曲にはよく似合っている。それ以外にも「廃墟の街」でのバラフォン、「Dovanna」でのレイン・スティックなど、エスニックな楽器が素晴らしい効果を上げている。デジタルとアナログの幸福な結合。それもこのパフォーマンスの大切なポイントのひとつだ。井上鑑という音楽家の懐の深さを改めて思い知らされる。

 山木秀夫と高水健司によるリズム・セクションをひと言で表現すれば「強靭にして柔軟」だろうか。静と動の間を自在に往来するダイナミズムが聴き手を心地よく引きずりまわしてくれる。たとえ同じ曲を演奏してもザ・ホーボー・キング・バンドのリズム・セクションとはまったく異なる世界に連れていってくれる。当然のことながら山本拓夫のソロも大きく変化する。バンドのアンサンブルというのはとても不思議だ。

 最後の曲「光」をプレイしているとき、興奮した観客のひとりがステージの下に駆け寄るハプニングがあったが、そういったことが起こっても不思議ではないと思わせるほどエモーショナルな刺激に満ちたパフォーマンスだった。


 9月22日の2回目の公演は18時35分に開演した。これまで以上に佐野の笑顔が目立つ。佐野自身がこのパフォーマンスを楽しんでいるからこその笑顔だが、昼間の公演でのハプニングを受けて、オーディエンスがシリアスになり過ぎないように、という彼の配慮もあるのかもしれないと筆者は感じた。

 アメリカ同時多発テロ事件の10日後、という微妙な時期に催されることになってしまった“In motion 2001”で、佐野はスポークン・ワーズをもって状況に切り込もうと試みる。そして、その果敢な試みはオーディエンスの心と身体をさまざまなレヴェルで刺激する斬新なパフォーマンスとして見事に結実した。

 ただ、あまりにも斬新すぎるが故にその刺激はある種のオーディエンスにとっては強烈すぎたかもしれない。感極まって涙を流している観客を会場で見かけたが、佐野のスポークン・ワーズのパワーはとても強力だ。1回目の公演でのハプニングを見てもわかるように、感情的に暴走してしまう観客がいたとしても不思議はない。そう思わせるほどパワフルな体験。それが“In motion 2001”だった。

 ミュージシャンたちのプレイはよりフレキシブルに、そしてパッシヴに変化している。当初から即興的な要素の多いアンサンブルだったが、今夜の演奏はまさに変幻自在。10年も一緒にプレイしてきたパーマネント・バンドの如き絶妙のアンサンブルだ。リヴィングルーム・セッションのようにリラックスした雰囲気もさらに増して、オーディエンスの反応もとても自然だった。

 後半のヒップホップ的なセッションでは観客から手拍子も起こり、あと一曲で誰かが踊り出すのではないかと思われたところで「光」が歌われ、今夜のパフォーマンスは無事に終演を迎えた。席を立ってはいけない、という規則があったわけではないが、TPOをわきまえた大人の観客が多かった、ということだろう。しかし、最後の舞台挨拶ではミュージシャンたちをスタンディング・オヴェイションで迎える観客もいた。

 “In motion 2001”に参加することのできた人たちは幸運だ。彼らは一生に一度の稀有な体験に出会うことができた。この体験が彼らの未来を変えることは間違いない。僕らの未来は決して悪いことばかりじゃない。そう感じさせてくれる素晴らしいイヴェントだった。ここから始まるはずのポジティヴな未来に期待したい。



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