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10月19日
「FMフェスティバル」公開レコーディング
佐野元春ファン・アソシエーション 
mofa 編集部 奥山千亜紀 


取材協力: M's factory

渋みのきいたアレンジの『観覧車の夜』が始まる。ドラムとベースがグルービーなリズムを刻み、フルートがゆったり絡んでいく。ミキシングルームから見る元春とザ・ホーボーキング・バンド(H.K.B.)のレコーディング風景だ。スタジオ内の薄暗さが、目の前の貴重なセッションを現実離れしたものに感じさせる。まるでガラスの向こうには水族館の大きな水槽がひろがっていて、その中を自由自在に生き生きと泳ぎ回る5匹の魚、そんなことをふと思っていたようだ。そういえば、『観覧車の夜』の仮名は『Fish』といったっけ。

TOKYO FMをはじめ全国JFN38局が11月3日の特別番組を皮切りに行う総合キャンペーン「FMフェスティバル」。今年のテーマは「GREATEST MUSIC?ラウド・マイノリティ・スピリット!?」。「インディーズ・メジャーの垣根を超え、ジャンルも世代も超えたオリジナリティ溢れるアーティストたちによる一大キャンペーン・イベント」ということだ。
元春は「THIS!」イベントや「in the city TOKYO」でのスペシャルプログラム「SSW-そして僕は歌を書いた」など、優れた才能を持つアーティストとの交流の場を幾度となくつくってきた。「FMフェスティバル」の主旨も元春のスピリットにぴったり合うに違いない。
そのキックオフの特別番組を飾るべく、元春&H.K.B.が公開レコーディングをするという。仰天企画だ。つい先日の渋公ライブの熱狂も冷めやらぬ中、ホットなテンションを保っていると思われる元春とH.K.B.のスペシャルセッション、それも通常は公開することのないレコーディング模様とくれば、期待は膨らむ一方だ。

10月19日の夕方、貴重なチャンスを手にしたファンがTOKYO FMビルのエントランスに集まり始めた。皆、嬉しさを隠せないウキウキした表情だ。スタッフが慎重にアイデンティティ・チェックを行い、レコーディング・スタジオ内での注意事項を説明する。まずもって一般人は滅多に拝むことのできないスタジオだ、嬉しさの中にちょっとした緊張が漲る。

完成したばかりのTOKYO FMのレコーディングスタジオ「アースギャラリー」は何ともきれいだ。ミキシングルームには10名ほどのスタッフが準備している。ミキシングコンソールの向こうにはガラスを隔ててメンバーが座っている。奥の左手には古田さん、右には井上さん。中央の元春は、飽きたと言っていたけれど今日も白いシャツで決めている。手前の左手に佐橋さん、手前右手には今回のツアーに登場している、豊かなお髭がカッコいいミスター・ボブ、その後ろにkyOnさん。スタジオ特有の薄明かり、独特の張り詰めた雰囲気に、期待もピークに達する。

すでに元春とH.K.B.のメンバーはスタンバイOKで、ゆっくりと『観覧車の夜』の演奏が始まった。そしてまもなく、幸運なギャラリーとなるファンが静かにレコーディングルームに入ってきた。20人はレコーディングルームとミキシングルームの間にあるギャラリースペースで、椅子に座ってヘッドフォンを通して演奏を聴く。音はヘッドフォンを通さないと全く聴こえないのだが、バンドと20人のファンを隔てるものはガラス1枚。さらに10人のファンはミキシングルームで、スタッフと一緒にレコーディングを見守る。

『THE SUN』アルバムでは『観覧車の夜』はゴキゲンなラテン調だが、今回のアレンジはとにかく渋い。イントロではドラムとベースが穏やかにシンプルにリズムを刻みはじめ重低音が心地よく響き、ボブのフルートが重なる。ギターとピアノがハッとするフレーズを奏でる。元春の比較的押さえたボーカルもこのアレンジにはぴったりだ。途中のフルートソロが実にスマートで、クールな中にも優しげな音色。シックな印象の、夜に聴きたい『観覧車の夜』に仕上がっている。元春のマラカスも調子よく踊っている。

軽やかな演奏を楽しげに進めていく元春とH.K.B....、こんな光景が至近距離のガラスの向こうで繰り広げられているのだ、なんという異空間の気分。これ以上ない密室空間において、この上ないプレミアムな瞬間を体験しているファンは、息を殺すように固唾を呑んで演奏に聴き入っていた。さらには元春とH.K.B.の表情や仕草さえも見逃すまいとじっと見詰めている。

テイク1が終わってすぐの元春の言葉に、ここがライブ会場でなくレコーディングスタジオだということを思い出した。
「イントロの長さ、ちょうどいい?」と元春。

イントロのドラムとベースを調整するため、再度イントロから演奏、元春は「気の触れた闇の中を...」とちょっと唄って、「ちょっと長い?ライブじゃないんだしね」
そしてまた調整。続いてコーラスのところをチェック。

演奏のディテールについてメンバーとやりとりする元春の姿は実に楽しそうだ。もちろんH.K.B.も楽しくって仕方ないという表情を見せてくれている。前回のmofaインタビューで「レコーディングは楽しいことだけじゃないって釘を刺しとく」と笑いながら語ってくれた元春だが、H.K.B.とのレコーディングは難題をも楽しみのひとつに変えてしまうというパワーに溢れているようだ。曲をつくり、アレンジを考え、新しいアイディアを試すといったエキサイティングな試行錯誤こそレコーディングの醍醐味に違いない。元春のきめ細かい指示にメンバーも嬉々としてそれに応える。相互の絶大な信頼感とこれまで培ってきたものから滲み出る余裕を感じ、見ているだけの我々もすっかり安心して楽しい気分になっている。元春とメンバーの軽快なトークや突っ込みも面白い。掛け合い漫才・レコーディング編というのができそうなくらいだ。

元春のOKが出た。
メンバーから突如「私たち隔離されてるみたい」「塀の中の人?」「病原菌持ってないよ」と思わず吹き出すコメント。静かにしていなくてはならないスタジオ、笑いをこらえる。
「それじゃ、Exclusive version、テイク2!」
元春のかけ声で始まった途端、「だまされた?!」と笑顔の古田さん、何やらしくじったらしくリスタート。こんなふうに始終なごやかなムードでレコーディングが続く。

テイク2。イントロもびしっと決まる。元春はマラカスを持たず、手でリズムを取りながらゴキゲンな様子で唄う。ライブ会場とは異なり、それぞれの楽器の微細な音、元春の声の微かな震えや絞り出すような声の感じも、手に取るようによく聴こえてくる。今このスタジオで元春の楽曲が編まれていっている、新しいアレンジの『観覧車の夜』がまさに生まれる瞬間だ。

テイク2が終わると、軽く拍手をして元春は「どう?速かった?でも唄ってて気持ちよかった」
サビ部分をもう一度演奏してみる。「僕こういうの好きだな」と嬉しそうに元春。

ここで、さきほどレコーディングしたものを最初から聴いてみることになった。満足そうに聴くメンバー。元春はそばにあるギターを抱えて曲をなぞって呟いているようだ。スタッフも聴き入っている、ほんとうに完成度が高い。

「ラッシュしてると思ったけどそんなことなく、俺がライブやってるみたい」と元春。

続けてテイク3。元春の「じゃあ、テイク100!」の声に笑いが起こる。両手でリズムをとって、元春のボーカルはますます気持ちよさそうだ。見ているとあたかも元春がステージ上にいる錯覚に陥る。閉ざされた空間とはいえ、ギャラリーも見詰める中、さながらミニライブともいえるパフォーマンス。元春のスキャットもクールだ。

「こんなふうに、わ?ってレコーディングして、翌朝聴いて反省するよね」と言う元春に、メンバーが大きく頷く。

佐橋さんがギター位置をチェックしている。音の感じが気になるようだ。レコーディング・エンジニアの坂元さんが「45度!」と言うと、「何が何に対して45度??」と佐橋さん、笑いが渦巻く。坂元さん、「マイクの指向性に対してボディを45度...」と冷静に呟いていたのがこれまた可笑しくて笑いを押さえるのに必死だった。

元春が何気なく語る。「『THE SUN』は知恵の粋を集めたものなんだけど、ときどき心がむくむくして編曲したくなる...この『観覧車の夜』のバージョンはこのイベントだけにしよう」
「ほんとですかーっ?!(笑)」とH.K.B.。いやいや、ここだけなんて実に勿体ない、どこかでまた聴けることを大いに期待したい。

テイク4。サングラスをかける元春。元春のノリも最高潮、フルートソロも絶好調。ギターの明るいフレーズが心地よく聴こえてくる。さきほどのセッションで佐橋さんが最後に「間違えた!」と言ってたところ。元春は「明るいフレーズで陽気になるよ」と言っていた。

テイク4が終わり、公開レコーディングも終わりを迎えることとなった。
「歌詞間違えちゃった、サングラスのせいかな」と笑う元春。確かに薄明かりでのサングラスは視界がさぞ暗そう。kyOnさんから「押し入れの中みたい!」と声がかかってたくらいだ。そういうkyOnさんは始終サングラスをしていたけれど。
元春はファンに向かって最後に語ってくれた。
「プロフェッショナル・レコーディングの一部を見てもらったわけだけれども、とんでもないもの見てもらっちゃった(笑)。レコーディングは鶴の恩返しの機織りのようなものだから、見せてはいけないものなんだけどね。でもこのイベントに1000人も応募してくれたんだ」「そんなに機織り見たいのか!」と古田さん。スタジオは笑いに包まれる。確かに、アルバム初回特典DVDと「地図のない旅・完全版」に加えて、レコーディングスタジオで生の「機織り」が見られる確率はまさに奇跡的。このレアなチャンスに集まったファンの強運さにただただ脱帽するばかりだ。

元春のトークの間も、ファンが退場する際にもH.K.B.は軽快で楽しげなメロディーを奏でていて気分をますます盛り上げてくれる。短い時間ではあったが、速いテンポでしかも濃密なセッションが展開されていくさまを目の当たりにし、ほんとうに放っておいたらまた地図のない旅に出てしまうような人たちなんだ、と十分すぎるほどに納得したのだった。

こうして夢の40分が過ぎた。強烈な印象が目にも耳にもしっかりと残っている。元春とH.K.B.の地図のない旅、彼らがまたその旅に出るのが楽しみでならない。でも果てしない旅というのもファンとしては厳しいか...。そんなことを思いながら、現在進行中の旅である「THE SUNツアー」の次のステージへ気持ちがはやる。



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