佐野元春『今、何処』

評論 ─ 佐野元春 & ザ・コヨーテバンド『HAYABUSA JET I』『HAYABUSA JET I』を巡るテキスト

タイムリー&タイムレス、そして、言葉とビート
佐野元春の本質をアップデートさせた「HAYABUSA JET Ι」

森 朋之

 同時代性と普遍性。これこそがポップミュージックの理想であることに、異論の余地はないだろう。同時代性とは、リリースした瞬間のインパクトと瞬発力、チャートアクション。普遍性とは、時代の趨勢や社会情勢の変化に左右される、人々を魅了し続けるパワー。その両方を兼ね備えた楽曲を生み出し続けることは、言うまでもなく、すべてのミュージシャンの願いであるはずだ。

 佐野元春は、それを実現している稀有なミュージャンの一人だ。1stアルバム「バック・トゥ・ザ・ストリート」から2022年の「ENTERTAINMENT!」「今、何処(WHERE ARE YOU NOW)」に至るまで、その作品は常に鮮烈であり、ときに賛否両論を巻き起こしながら、一時の流行に終わらず長きに渡って音楽ファンを魅了してきた。ライブ会場に足を運ぶ幅広い年齢層のオーディエンスを見れば、佐野元春の音楽が世代を超えて支持されていることがわかるはずだ。

 もしかしたら本人は“いつもそんなに上手くいったわけじゃないよ”と苦笑するかもしれないが、どの作品も“リリース当時の衝撃”“現在における高い評価”の両面を伴っていることはまちがいないだろう。そして、佐野元春&THE COYOTE BANDのニューアルバム「HAYABUSA JET Ι」は、“タイムリー&タイムレス”な佐野の音楽の在り方そのものを意欲的にアップデートした作品だ。

 常に斬新な表現を続けてきた一方で佐野は、主にライブにおいて、自身のディスコグラフィーとも向き合ってきた。オーディエンスの立場から言わせてもらうと、数々の名曲をライブで体感できることは極上の喜びだ。ノスタルジーは決して後ろ向きではなく、“この曲を初めて聴いた〇才の頃”を思い出しながら楽曲を浴びることで、前向きな感情を呼び起こすこともできる。

 しかし佐野は、それだけでは満足しない。あるインタビューにおける「僕らは懐かしむために演奏しているわけではないということ。佐野元春において、“懐かしの演奏会”はあり得ない。僕は今を生き抜くために、今の音楽をやっているんです」と答えているように、常に“今”を見据えたアクションを継続してきた。そう、“元春クラシックスの再定義”として制作された「「HAYABUSA JET Ι」は“今”の表現を重ねてきた佐野元春の新たな到達点なのだと思う。

 ルーツミュージックと斬新なアイデアを共存させたアレンジ。現代のポップミュージックの潮流にアジャストしつつ、際立って個性を有しているサウンドメイク。生々しいライブ感とテクニカルな演奏が共鳴するアンサンブル。日本語の美しさ、力強さが印象的なリリック。そして、楽曲を生み出した瞬間のパッションを内に秘め、さらに洗練されたフロウを響かせる歌声。多様なファクターを絶妙なバランスで共存させた「HAYABUSA JET Ι」の特徴は、いくらでも挙げることができる。「ENTERTAINMENT!」「今、何処(WHERE ARE YOU NOW)」とのつながりを含めて、最新の元春サウンドが此処にある。

 そして本作の中心を担っているのは、これまでの作品と同じく、ビートと言葉が生み出す刺激的なケミストリーだ。先行配信された「つまらない大人にはなりたくない(New Recoroding)」をはじめ、強く、深く、瑞々しいメッセージを込めた言葉が、研ぎ澄まされた(あるいはハートフルに彩られた)ビートに乗り、リスナーひとりひとりの胸に真っ直ぐに届く。そのときに生じるエモーショナルな波動こそが、佐野の音楽の核なのだと、このアルバムは改めて教えてくれる。

 個人的にもっとも感銘を受けたのは、「自立主義者たち(New Recording)」。1986年のリリース以来、ライブにおいて何度もリアレンジされてきた楽曲だが、本作においてこの曲は、ひとつの完成形と称すべきクオリティに達している。「インディビジュアリスト」という原題に、“個人主義者”ではなく“自立主義者”という言葉を充てているのも興味深い。いずれにしても、いまこそ届くべきメッセージがこの曲には強く刻まれている。(私自身も、この楽曲に多大な影響を受けてきたんだなと改めて実感する機会になった)

「HAYABUSA JET Ι」にまつわる所感を(やや理屈っぽく)いろいろと記してきたが、今いちばん伝えたいのは、「このアルバム、聴いてるとすごく気持ちいいよ」ということ。まずは肩の力を抜いて、本作に収められた楽曲に身を任せてほしい。そのときあなたは、本作に込められた――最新機材でチューンアップしたクラシック・カーのようなーーポップミュージックの粋を体感することになるはずだ。