なんと軽快でポップなアルバムだろうか。キャリア42年のロックスターとはとても思えない”軽さ”を感じさせるアルバムである。そして思いっきり感情を揺さぶられる作品でもある。冒頭の「エンタテインメント!」のイントロからもう心をわしづかみしてくるのだ。ストレートなロックンロールのビートに乗せて「もう泣かなくていい」なんて歌われたら、逆に泣いちゃうじゃないか。
ここ最近の佐野元春には、それまでとはどこか違った印象を感じていた。とりわけ2019年の秋に発表した前作のアルバム『或る秋の日』はいい意味で驚かされた。バンドサウンドでありながら、全体的にアコースティックな質感があり、どこかシンガー・ソングライター然としたパーソナルな雰囲気の小品だったからだ。このまま老成していくのだろうか。それもまたいいかもしれないな。なんてことを勝手に夢想していたところ、先の見えないコロナ禍に突入。通常であれば、もっと内向的に進んでいってもおかしくはなかったのだろうが、2020年の春に配信シングル「エンタテインメント!」で、閉塞した社会にガツンと喝を入れてくれたのだ。そうだ、彼はこういった逆境に飄々と立ち向かえるミュージシャンだったんだということを、あらためて強く実感した。
そして、いつくかのシングルを重ねてようやく発表されたのが、今回のアルバム『ENTERTAINMENT!』である。タイトル曲の疾走するロックンロールの後には、スカのリズムを伴った「愛が分母」が続く。“踊りたい”や“感じたい”といった歌詞には人と人とのつながりの大切さを感じさせてくれる。実はこの曲はコロナ禍以前に発表されているのだが、今聴くとまた違った意味を帯びてくるから不思議だ。この普遍的なメッセージ性こそが、佐野流ロックンロールの神髄だろう。
さらに「この道」もレゲエ風のバックビートに乗せて、“いつかきっと夜が明ける”と歌う。さらに「街空ハ高ク晴レテ」、「合言葉」、「新天地」と畳みかけるように前のめりのナンバーが続く。「東京に雨が降っている」という意味深なタイトルも、“濡れた街を歩いてゆこう”と、これまたとてもポジティヴだ。そう、『ENTERTAINMENT!』はどこから切り取ってもポジティヴに響くのだ。「悲しい話」のようなダークなブルーズが挿入されるのは、あくまでもクッションのひとつといってもいいかもしれない。少し曇りかけた空を吹き消すように、終盤のハイライトでもある「少年は知っている」では、“この夜の息の根を止めてやれ”や”力尽きるまで揺さぶってゆけ”と鼓舞するのも、本作がポジティヴな印象をもつ理由のひとつだろう。
それにしても、全編通して、佐野元春は飛び跳ねるようにステップを踏んで歌っている。いや、そんな姿が目に浮かんでしまうくらいゴキゲンだ。ここまでキレのいいポップなロックンロール・アルバムは、実のところ初めてなのではないだろうか。もちろんデビュー作の『BACK TO THE STREET』から軽快なロックンロールが彼の持ち味だったが、アルバム単位では必ず深く重いメッセージソングが忍ばされていた。近年の『BLOOD MOON』や『MANIJU』でも、キャリアを積み重ねてきたアーティストにしか生み出せない重厚感がしっかりと感じられる。しかし、『ENTERTAINMENT!』はそのどれとも違って、メッセージソングが多い割にはとにかくふわりと軽い。その上で『或る秋の日』ににじみ出ていた包容力を何倍も増幅して付加している。聴いているこちらも飛ぶように並走しながら、気持ちが楽になると同時に、つい涙がこぼれてしまうような、なんとも心地好い作品なのだ。
ラストに収められた「いばらの道」では、過去のつらく悲しいことは明日になれば消えると歌う。もちろん現実はそう簡単なことではないかもしれないけれど、佐野元春の歌に包まれていると、安心すると同時に気持ちが前向きになる。まるで精神安定剤のようだ、なんていうとちょっと語弊があるかもしれない。でも、きっと僕は『ENTERTAINMENT!』を何度も聴くだろう。この世の中が変わり、平穏に暮らせるようになるまでは、ずっと。