まるで、雨上がりの空から一筋の光が照らすような言葉だった。
“It’s just entertainment”
佐野元春が、2020年に配信で届けてくれた「ENTERTAINMENT!」を初めて聴いた瞬間、心がみるみる晴れていったことを思い出す。不自由で息苦しい日常を過ごしていた頃、佐野が発するシンプルな言葉に胸を衝かれたのは、不要不急などと取り沙汰されたにせよ、音楽が持つ本来の力をあらためて目の前に差し出してくれたからに違いない。束の間であったとしても、それが何とか生き延びる力になることを。様々な怒りや不満を溜め込まざるを得なかったコロナ禍でも歩みを止めず、新曲を発表し、〈It’s just entertainment〉と歌うその境地に、同時代の音楽人としての矜持を感じないわけにはいかなった。
アルバム『ENTERTAINMENT!』には、世界中がパンデミックに覆われた2019年から2021年にかけて配信で発表されたシングル5曲が収録されているが、予想以上に明朗で温もりのある曲を多く含んでいる。「愛は分母」のスカ、レゲエ調の「この道」など日向の匂いがするサウンド、いつも以上に柔らかく、優しい佐野のヴォーカル。それらが刺々しいニュースに溢れていた日々にいかに有効だったことか。
「街空ハ高ク晴れて」の東京クルーズも佐野元春らしいナンバーだ。そう。このアルバムからは、颯爽と都市を駆け抜けるシティボーイとしての佐野の姿も見えてくるのだ。「合言葉」の背景は気絶したような都市だが、〈ゆっくりと世界は息を吹き返す〉と希望を歌い、「東京に雨が降っている」では、〈ずいぶん遠くに来てしまった〉と逡巡する。東京に生まれ、この街で歳を重ねてきた街っ子ならではスケッチや感情がここには刻まれている。その雨に濡れた街を一人歩いてゆくのが佐野元春というシティボーイなのだ。さらりとして、くどくどした説明を好まず、少し早足で己の道を進む。そういう意味では、これらはまさに最新のシティポップ/ロックと言っていいかもしれない。
「悲しい話」のブルース、「少年は知っている」のロックンロール、ソウル・バラード仕立ての「いばらの道」など、この2年余に綴られた曲はどれも佐野がこれまで探求してきた音楽の粋が集められ、親密な関係性を築いたザ・コヨーテバンドの演奏でみずみずしく奏でられる。
“It’s just entertainment”
されど、I need it!